2014年3月、東京拘置所。死刑囚の袴田巖さんが釈放された。1966年6月に静岡県で味噌会社専務の一家4人が殺害、放火された“袴田事件”の犯人とされ、47年7ヶ月に及ぶ獄中生活を送ってきた。明日、死刑が執行されるかもしれない恐怖の日々をくぐり抜け、30歳の青年は78歳になっていた。着の身着のままワゴン車で東京拘置所を後にした時、助手席のカメラが捉えたのは、夢から覚めたような袴田さんの表情だった。死刑囚が再審開始決定と同時に釈放されるという驚くべき事態を当日のニュースは劇的に報道した。その夜、半世紀近く引き裂かれていた姉・秀子さんと弟が枕を並べた。拘置所の壁に隔てられ、想像を絶する苦難を生き抜いたものの、奪われた時間は戻らない。なぜこれほどの試練が与えられなければならなかったのか。言葉にし難い悲しみや喪失を、2人の寝息が静かに包み込む。さらに続く司法との闘いを覚悟しながら、カメラは2人の生活を記録し、対話を重ね、袴田さんの心の内深く迫っていく。プロボクサーとして青春を駆け抜けた袴田さんは30歳で突然、逮捕された。無実の訴えは裁判所、そして世間からも黙殺された。そんな過酷な状況下でも、リングに上がり、拳ひとつで闘った遠い記憶は、生き抜くための支えとなった。やがて袴田さんは、獄中で自ら“神”を名乗り始める。一方で、釈放後、故郷の浜松に戻ってからもボクサーとしての記憶が袴田さんを思い出の地へと向かわせる。弟の無罪を信じて闘ってきた秀子さんは、そんな巖さんを明るく見守り、“この映画は、笑ってるとこでも泣いてるとこでも、私は真実のものを伝えてくれればいいと思ってます”と語る。生きて歩く死刑囚……。その存在は、権力によって覆い隠されてきた“死刑”の残酷さを白日の下に晒す。そして、時に人の理解を超えた袴田さんの言動が意味するものとは。映画は、やがて一つの答えにたどり着く。