一九六一年。大西洋を渡る豪華船上にリザ(アレクサンドラ・シュロンスカ)の姿があった。彼女はアメリカで夫ワルター(ヤン・クレチマール)と結婚し、故国ドイツに帰る途上であった。船は最後の寄港地イギリスの港に着いた。タラップをひとりの女性が上がってきた。突然、リザの心の平和はかき乱された。その女船客は、あまりにマルタ(アンナ・チェピエレフスカ)に似ていた。一度は葬ったつもりの、いまわしいアウシュヴィッツでの過去が再びリザの心を占領した。あの状況の中でドイツの一女看守だったリザが、自分の意志を貫くことは難しかった。マルタは、そんなアウシュヴィッツの女囚のひとりだった。リザはひ弱そうな感じをあたえるマルタに同情して、楽な仕事につけ、同じ収容所に許婚者タデウシュ(マレック・ヴァルチェフスキ)がいると知れば、逢わせもした。リザは、そんな親切を通じて、マルタとの人間的なつながりを求めたのだ。しかし、なぜかマルタは、そんなリザに冷い表情をくずそうとはしなかった。そしてある日、マルタは捕えられ“死の兵舎”に連れ去られた。--リザは夫に話し終えた。だが再び、リザは自分自身に真実のことばを語らなければならない--リザは確かにマルタに同情した。が、義務に追われるリザには及びもつかない、人間らしい“恋”に心を燃やすマルタに、嫉妬を覚えたのも確かだった。リザは、心のすきまをマルタを服従させ、征服することで埋めようとした。そんなとき、国際委員会が収容所のもようを視察に来た。委員の質問に、はじめは無言の抵抗を示したマルタだったが、リザの射るような視線に屈服して「収容所の扱いは人道的だ……」と答えた。リザは勝利に満足した。さらにこの“処置”が上司の賞讃の的になり、リザは本国への転勤が決った。しかしマルタは決して服従を誓ったわけではなかった。宿舎の壁のすき間から外部との連絡らしい紙片が出てきた。犯人はマルタであった。自分の部下に犯人がいたとなれば、看守として致命的な失策である。マルタの頬にリザの平手打ちが鳴った。--リザの告白は終った。船は出ていった。二人が再び逢うことはないだろろ。そしてアウシュヴィッツが再び忘却の中から立ち上がり、リザの顔に告発状を投げかけることもないだろう。……果してそうだろうか--。