シンガポールが陥落して以来、一九四三年、オーストラリア北辺はしきりに空襲を受け、人心は動揺していた。人口き薄なオーストラリアでも、北部地方はとりわけ人口乏しく、白人の数はきんきん五千であるから、もし上陸作戦が始まれば、ほとんど無力に等しい。しかし、世界第一の食糧貯蔵庫といわれるだけに、家畜は五十万頭を越すという豊富さである。北部地方の小村落で、牛肉積出しの小港ウインダムにある、オーストラリア牛肉輸出会の加工場は閉鎖されることとなった。ここに働いているダン・マッカルパインは、牧畜が家業であった。会社は敵の食糧とするよりは、家畜を全部射殺する意向であったが、ダンはそれよりもこの家畜群を難ぷに運ぶべきだと考え、自らその輸送の第一陣を承ることとなった。ダンは一千頭の牛を追って、ウインダムから大陸を斜めに横断し、クインスランドのブリスベーン近くの放牧場まで、一千五百マイルのばん地を突破する計画を立てた。所が彼の計画に賛成者はほとんどなく若者たちは軍隊志願が多かった。わずかに酒と賭博が好きのコオキイと、シンバッドと呼ばれる水夫と、ダンの腹心たる原住民ジャッキイとニッパーだけであった。意外にも自分の家を焼払った農夫ビル・パースンズは妻と二人の娘の一家をあげて、この壮挙に加わった。この少人数で五十頭の馬で一千の牛を追って、大陸を横断するのは、難事業であった。一日十五マイル進めば好調で、平均七、八マイル、どうかすると五マイルしか進まぬ日もあった。水の乏しい地域があった。鰐のいる川もあった。馬が毒草を食って倒れたこともあった。野馬を捕えて補充し、困難を征服して、一千五百マイルを八ヶ月かかり、目的のクインスランドに着いた。途中、シンバッドが腕と脚に重傷を負ったので、彼を診療所のある村へ運んだりしたこともあった。その間パースンズの長女メエリイとシンバッドは愛し合う仲となり、ブリスベーンで再会したのであった。家畜輸送に成功したダンはパースンズ一家と共に、ウインダムへ飛行機で帰り、更にこの困難な輸送任務につくこととなった。