花城竜二は新宿にシマを持つ三東会の常任幹事だった。新宿近辺のマンションに秘密のルーレット場を開き、舎弟の直とひろしに仕切らせ、そのあがりで優雅にやくざ社会の中を泳ぎわたっている。その彼も、三年前は器量もなく、イキがったり暴力を誇示した結果、拘置所に入れられた。妻のまり子は竜二の保釈金を工面するため九州の両親に泣きつき、両親は竜二と別れるならという条件で大金を出してくれた。竜二の器量があがったのはそれからだ。安定した生活がつづいたが、充たされないものが体の中を吹きぬけて行く。竜二はかつての兄貴分で、今は夫婦で小料理屋をやっている関谷にその思いをぶつける。「金にはもうあきた。子供や女房に会いたい」--。そんな竜二に関谷は「俺はそう考えた時、俺自身を捨て、女房・子供のために生きようと決めたんだ」と言う。そんなある日、竜二は、新宿のある店の権利金をめぐってこのトラブル収拾を組の幹部から頼まれた。このトラブルを見事に解決した後、竜二はカタギの世界へ踏み込んでいった。カタギとなった竜二を、まり子の家族は歓待してくれた。小さなアパートを借り、妻と娘とのごくありふれた生活が始まった。酒屋の店員としてトラックで走りまわる毎日。かつてとは較べものにならないほどの安月給。しかし、竜二にとって生まれて初めての充実した生活だった。三ヵ月経ったある日、かっての兄弟分・柴田が、竜二をアパートの前で待っていた。シャブ中で見る陰もなくやつれ果てている彼は、竜二に金を借してくれという。だが、今の竜二にはそんな余裕はなかった。数日後、柴田の訃報を聞いた竜二は香典を届けるが、柴田の情婦に「今ごろ持って来ても遅い」と突き返される。これを期に、竜二の心の中に、焦りと苛立ちが芽生えるようになった。仕事もサボるようになり、家計簿をつけて溜息をつくまり子を怒鳴ることもあった。ある日、かつての弟分、ひろしが訪ねて来た。すっかりヤクザの貫禄を身につけたひろしは、まさにかっての竜二自身だった。ついに竜二のカタギの世界との糸が切れた。ヤクザの世界へ戻っていく決心をした竜二は、娘と買物をしているまり子と商店街で顔を合わせた。見つめ合ったまま無言で立ちつくす二人。全てを理解したまり子は、涙を浮かべながら娘に「九州へ帰ろうね」と言うのだった。数日後、雑踏の中にヤクザの世界に戻った竜二の背中を丸めて歩く姿があった。