信濃雪。この名のように雪夫人の美しさは、白く冷く、どこかはかない運命を漂よわせている。昭和二十四年、秋。雪夫人の父、貴族院の長老、元子爵信濃長左衛門が亡くなった日の夜、上野不忍池にある信濃家本邸に多くの人々が集った。邸内では長左衛門の遺産をめぐって、側室のお艶、お澄、つねらが口論している。やがて雪夫人の夫・直之が帰宅、小説家菊中夏二が弔問に訪れた。直之はその放蕩がやまず、妻子ある夏二は、雪夫人を強く求めていた。この二つの挟間に苦しみながらも、雪夫人の肉体は直之の胸の中で燃えた。数日後、邸、家具などが競売に出され、信濃家の財産は霧消して、信州の別荘だけが残った。その別荘は“ホテル信濃”と衣替えして、雪夫人自らが経営することになった。ホテルの客といえば、夏二ただ一人で、これでは婆やの寺石きん、書生の誠太郎、女中の浜子たちは先き行き不安だった。そこへ直之が京都から妾の綾子を連れて来た。クリスマスの夜。夏二は雪夫人に直之との離婚を迫り、彼女を抱いた。が、雪夫人は固く拒む。その夜、雪夫人は自殺を計ったが、未遂に終った。かねてより雪夫人に憧れていた誠太郎が、たまりかねて直之を難詰するが、かえってひどく殴られた。また浜子も直之に何故雪夫人を虐待するのか問いつめると、直之はそれには答えず、雪夫人の蛇のように妖しい肉体の魅力を語るのだった。夏二が妻の危篤で帰京した後、ホテルの経営は綾子の手に移り、雪夫人は裏の納屋へ追われた。冬は更に厳しくなった。久しぶりに夏二と再会した雪夫人は、彼の激しい抱擁に身を任せた。そして雪解けの季節。雪夫人の許に夏二から、浜子と結婚するという別離の手紙が届けられた。やがて直之と雪夫人は闇成金の立岡と情交した綾子にホテルを奪われ、出ていかなくてはならなかった。直之は雪夫人を関西で芸者に出すという。誠太郎は雪夫人を連れて湖の彼方に逃れた。さびれた木賃宿で、雪夫人のためなら命をも、と迫る誠太郎を拒んで、彼女は果物ナイフを乳房に突き立てようとする。止める誠太郎、激しく泣き続ける雪夫人。翌朝、霧の湖面の穴の縁に残された手提袋、そして雪夫人の好きなレモン、そして草履。岸辺から「雪おくさま!」という誠太郎の叫び声が聞こえてくる……