本格推理小説家の寒川に、彼のファンだと言って、さりげなく近づいて来た、うなじに赤いミミズ腫れのある人妻・小山田静子。彼女は寒川に、自分は変格派推理小説家で、初恋の相手でもあった大江春泥から脅迫されていると訴えた。寒川は自分が一番軽蔑している春泥の名をききこの事件に興味をいだく。脅迫状には、静子と夫の夜の秘事まで完ぺきな観察記録があり、闇にひそむ陰獣のような目に静子はおそれおののいていた。そして、物音がしたという小山田邸の天井裏を探ってみると誰かが這い回った跡があり飾りボタンが一つおちていた。寒川は春泥の足どりを追いかけた。そして、寒川の担当記者でただ一度だけ春泥と面識のある本田は、浅草でピエロ姿の春泥を見たといい出したが、全く彼の足どりはつかめず。静子に第二の脅迫状が届き、その予告通り、静子の夫、六郎が隅田川の船着場に溺死体で浮び上がった。六郎の通夜の席に顔を出したヘレン・クリスティに寒川はどうも腑に落ちなかった。そんなある日、ヘレンは寒川をホテルへ誘い、自分を鞭で打ってくれと懇願する。その時寒川はヘレンが天井裏で見つけた、ボタンと同じもののついた手袋を持っていることを知る。それは、六郎が英国出張中に二人で対で買ったもので、彼女が六郎の英国での情人であったのである。寒川は、このヘレンのマゾヒズムの喜びと、六郎の部屋にあった乗場鞭、そして静子のうなじのミミズ腫れを思い出し、静子を責めるだけでは満足できなくなった六郎が一連の脅迫犯人であり、あやまって死亡したものではないか、と推理した。しかし、納得ができない事があった。それは、本田が見た春泥は彼の本の奥付けについている写真とは違う人物なのだ。この頃、寒川と静子はとある土蔵を借りて、ただれるような愛欲の日夜を送る関係になっていた。ある日、歌舞伎役者の市川荒丸が殺された。そして、彼こそが自分が会った春泥だ、と本田は言った。また、小山田家の運転手が六郎からボタンが欠けたまま昨年十一月に貰ったという手袋が天井裏のものと同一であることが判明。春泥=六郎という寒川の推理は根底からくずれた。土蔵にもどると、そこでは静子が寒川にヘレンが彼に懇願した事と同じことを求めてきた。その時、寒川にひらめくものがあり、この一連の事件は変格派春泥が本格派の自分に対し探偵作家としての挑戦で二重三重に仕組んだ巧妙な完全なトリックであると。