「日本人の心のふるさと、日本海へようこそ!!」、そんな大きな看板の立った北陸の白く乾いた道を気ままに旅する、快活で、饒舌で、気まぐれた青年哮。彼は、バスの中で乗り合わせた中年夫婦に人なつこく話をしかけ、夫婦が降るとそのあとにくっついて行く。そして、突然刺身包丁をつきつけて明かるく「金、出してくれませんか」と強盗を働いた。彼は、かつて、オリンピック候補にあげられた棒高跳を断念し、つぎのスポーツとしてかっぱらい強盗を選んだ。ある町にはいった哮は、農婦の主婦売春を断ったために痴漢呼ばわりされ、豚箱にぶちこまれる。よそ者をはじきだそうとするこの地方の共同体意識に腹を立てた彼は、釈放されるとすぐ町の若者のロック・グループを使って、駅前で抗議集会を開くが、町の人々の関心は、おりしもスーパーマーケット開店の宣伝に雇われて、群衆の前で彫像のように立っている金粉を塗った若い男女にひきつけられる。全身に金粉を塗った若い男女は、ギリシャ彫刻のように美しい。そして、どんな群衆の挑発にも微動だにしない。哮は、この若い男女に、わけもなくひきつけられてしまい二人の行くあとをつきまとう。そして、この二人が聾唖者であることを知る。哮には、二人の手話が、情熱的で官能的な愛撫そのもののように感じられる。ある夜、町の若者たちが、二人の仮りの宿を襲撃し、女をさらっていく。哮は男と一緒に、彼女のあとを追い、行方をもとめるが見つからない。が、翌朝、ひきさかれたブラウスをまとったまま、若い女は何事もなかったように、ゆったりした足取りで帰ってくる。そのあとで、哮と若者は、石炭石の採掘現場に行き、そこで働いている、女をさらった若者たちを、ナイフと刺身包丁でつぎつぎに刺して報復する。内灘にやってきた聾唖者の男女と哮は、米軍の残していった空の弾薬庫をねぐらにする。男女は哮を拒みもせず、といって特別な親しみを見せるという訳でもない。哮の目の前で、身体と身体をふれあわせ、独特の愛撫を始めることもある。二人だけの身体と身体の会話に、哮のはいり込む余地は全くないように見える。哮のしゃべる言葉はすべてむなしく消え彼は、どうしても聾唖者の男女の世界に加わることのできないもどかしさにじれた。ある日、三人は二人の刑事に訊問された。男は突然刑事に、体当りをくらわせて逃走した。刑事の話では、大阪の方で、男が、フィアンセを半殺しにした、というのだが、男女の過去にどんなことがあったのかは、結局深くは判らないままだ。若者のいない夜、哮は、浜辺で、ぎこちなく若い女の身体を愛撫する。女もそれに応じようとするが、翌朝、若者がどこからともなく帰ってくると、哮はふたたび二人の世界からはじき出された自分を見出し、なぜか知らぬいら立ちをおぼえる。絶望的になった哮は、町に出かけ「白黒ショーを見せる」と客を集めて弾薬庫に連れてくるが、このいやがらせは成功しない。男女は、やってきた男たちの卑しい視線に挑むかのように堂々と愛撫をくりひろげる。ローソクの炎のゆらめきの中で、男女は二人だけの世界に没入していく。哮の口車に乗ってきた男たちも、ただ気押されたように黙って見守るだけだ。哮は、この聾唖者の若い男女からどうしても離れることができない。そして、かつてはあれほど快活に饒舌に口をついて出た言葉が、次弟にひどくむなしいものに感じられてくる。ある夜、哮は、突然、しゃべることをやめてしまう。数カ月後のある別な町--。新装開店のパチンコ屋の店頭で、金粉を全身に塗った三人の男女が、それぞれのポーズをとって、彫像のようにじっとしている。それは、聾唖者の男女と哮だ。時は言葉を捨てた。言葉を捨てることによって、男女の心の世界の中に加わることができたような感じだ。夜、砂丘のうねりの陰で、女を中心に、三人が寝ている。男が、左から、女の体に愛撫の指をはわせる。そして、右からは、哮が同じようにしかし、おずおずと……。その砂丘のかなたから、いくつかの人影が現われる。その腕には「厚生省薬物部実験班」の腕章が見える。そして、機動隊の一小隊。やがて新型の催涙弾がとりだされる。砂丘の陰で愛撫をつづけていた三人の音のない世界が、突然催涙弾の発射音によってするどくひき裂かれる。哮は必死に逃げたが、二人は催涙弾の直撃を顔面に受けて倒れた。哮と、いまや聾唖で盲目となった男女は、たがいに手をつなぎあって、北陸の白く乾いた道をどこへともなく去っていく……