昭和四十六年七月三十一日、華やかな歓声に包まれた帝劇での芸能生活二十五周年記念リサイタル千秋楽。舞台からは懐かしい“東京キッド”“リンゴ追分”のメロディーが聞こえる。敗戦の焦土から生まれ、日本人の心をうるおしてくれたこの歌の中に美空ひばりのすべてがある。画面はこの日から三ケ月前に溯る。ショービジネスには休みもなく五月の連休は地方公演、テレビ出演、新曲吹込みと仕事が続く。そして一路四国へ。行先は松山、観音寺、高知など。四国から帰ると、前売券を買うファンの列が、売り出し一週間を前にして新宿コマを取り巻く。彼女の心は引きしまる。五月二十九日は、彼女の誕生日。盛大なパーティーも、彼女がつく祝餅で最高潮に達した。六月一日、新宿コマ特別公演の初日。客席は溢れるばかり。そのざわめきは、舞台裏の彼女にも伝わる。この道一筋、二十五年間生きてきた彼女でも、初日というのは不安である。幕が上る。せりが動く。そしてわれるような歓声と拍手、絢爛たるショーの開始である。劇場から帰った彼女は、深夜、部屋で一人っきりになり、ビーズ絵を作り、ブランデーの空びんに花の絵を書く。たまにはバーにでかけ、飲んで踊っておしゃべりして過ごす賑やかな夜もある。しかし、酔のまわった頭の奥には次の仕事のことが離れない。歌の女王と呼ばれる輝やかしき栄冠はかくも重いものだろうか。彼女は語る。“それに耐えていくのが私の人生です”今日も美空ひばりは歌いまくる。ただひたすら日本人の心の歌を歌い続ける。彼女は歌うためにこの世に生まれてきたのだから--。