汐見は都心のビルに診療所を持つ若く有能な精神分析医である。ある日、診療所に若く美しい女性が現われた。彼女は、音楽が聞こえない、と言うのである。彼女はテレビやラジオを聞いても、セリフや物音は明瞭に聞えるが、伴奏音楽だけが耳もとから消えて索莫としてしまう。それから彼女・麗子は自分のことを話し出した。彼女の家は地方の旧家で、東京の女子大を出ると、東京で貿易会社に務めたこと、現在の恋人は同僚の江上という青年であること、少女時代、親の決めた婚約者俊二に処女を奪われ、そのことを江上に告白できず悩んでいるのだと話した。治療は回を重ねていった。そして、汐見は麗子が音楽が聞こえないというのは嘘で、実は江上とのセックスを感じないということを知った。そこで汐見は治療を自由連想法にきりかえ、心に浮んだことをすべて語らせることにした。麗子の幻想--子供のころの麗子。切紙をしている。青い折紙が青空に変り、鋏が空を切る。黒い割れ目から走り出す牛。牛の角が男のものに変り襲いかかる。鋏をみがいている麗子。その鋏がいつの間にか巨大になり麗子の両脚になる。美しい麗子の伯母がいる。麗子の寝ている隣の部屋の伯母のところに、黒いシャツに黒いズボンの若い男が忍び込む。もつれ合う二人--。汐見は男のものになる鋏は麗子の良心、女の脚になる鋏は麗子の欲望であることを告げ彼女が男を愛しながら男を憎んでいることを看破し、それは子供のころの異状なセックス経験に起因していると判定する。麗子は遂に告白した。少女時代、兄に愛撫されたこと、黒いシャツの男は兄で、伯母とのことが世間に知れ兄は家出してしまったこと、そして江上と初めて会った時、彼は黒シャツと黒ズボンで兄そっくりであったから好きになった、と。数日後、癌で危篤の俊二を見舞ったとき、麗子はやせ細った彼の胸に彼女の手を当てると恍惚とした表情で「音楽が聞こえる」と叫ぶ。又海岸で不能を嘆き自殺しようとしている青年・花井を抱き、男をよみがえらせる。「私が感じるのは病人か不能の相手だけ」と当惑する麗子。麗子の不感症は治っていなかった。汐見は兄のことを問いつめていった。麗子の回想--女子大の寮にやくざじみた男が訪ねてくる。兄である。まるで恋人同志のような二人。兄のアパートで話していると情婦が帰ってくる。女は兄が妹だといっても信用せず、正直に白状したら帰してやると言う。兄は子供の頃から麗子を好きだと言うと、女はその証拠を見せろと迫る。兄は麗子を抱きすくめる。うめき、あえぐ麗子。ベッドのそばに光る鋏、それを手にする麗子。しかし、兄を刺すことも、自殺もできない麗子。鋏が手から落ちる--。彼女の告白を聞き終えた汐見は、治す方法は唯一つ、もう一度兄に会わなければならない、と麗子に言いきかす。荒れ果て、汚れ、世帯じみた兄の部屋。赤ン坊が泣いている。唖然とする麗子、目から涙があふれる。汐見は全てを理解した。麗子の真の欲望は兄の子供を生むことだったのである。そのためには自分の子宮をいつも空けておかなければならない。だから病人や不能者にだけは楽しめるのである。不感症は子宮を守る努力だったのである。しかしその努力は無駄骨になってしまった。兄の子供はもう生まれてしまったのだ。「これで貴方の病気は治りました」と汐見は優しく麗子に言うのだった。それから一週間後、汐見のもとに麗子から電報が届いた。『オンガクオコル」オンガクタエルコトナシ」エガミ』