太郎くん(〇歳→二歳)は都内の団地に住むサラリーマン夫婦、小川五郎と千代の一人息子として生まれました。両親は太郎くんを育てるのに毎日毎夜真剣でした。太郎くんが笑ったといっては喜び、蟹のように一歩一歩あるいたといっては歓声をあげ、団地の階段を高いところまで這い上がったといっては仰天する両親なのです。とにかく両親は太郎くんを眼の中へ入れても痛くないほどかわいくて仕方ありません。だが、両親のそんなかわいがり方は、太郎くんにとって嬉しいのかどうか……。案外、その小さな胸中で迷惑がっているかもしれないのです。大人たちに拘束されず、自分の体内に充満している生命の無限性を動作によって発散させたいのかも分らないのです。ある日、太郎くんは転居によって新しい家族に祖母をくわえ、郊外の平屋に住むことになりました。おいたに、怪我に、自家中毒、風邪等々、両親や祖母の神経が休まる暇もありません。それに母親と祖母のしつけ方のくい違いがあったり、父の勤務先のごたごたや、それらに起因して母親のいらいらが生じたりします。が、突然そんな太郎中心の生活に祖母の死がおとずれました。しかし、太郎は人間の死ということをしりません。おばあちゃんは遠い遠い所へ旅行に行ったと信じこんでいます。丸い大きな月の昇ったある夜、太郎は小さなバースディ・ケーキと二本のローソクの前に座っています。ローソクの小さな炎が太郎と両親の顔を柔らかく浮き上がらせています。太郎は心の中で呟いています。「ボクは二つになった。だからローソクも二つだ。ボクは二歳、ボクの名は太郎」。太郎くんは何やら満足そうにほほえんでいます。これからも太郎くんは、みんなの愛情と心づかいの中でぐんぐん大きくなってゆくことでしょう、両親の顔もはれやかです--。