鎌倉に住む作家大木年雄は、新しい年を京都で迎えたいと心誘われていた。大木の心の中には、京都で絵筆をふるう上野音子の面影がよぎった。二十年前大木は、妻子ある身で少女であった音子を愛した。大木の子供をみごもった音子は、その日から平凡な女の倖せを奪われ、死産というショックを経て、自殺を計った。そして大木はこの事件を描いた作品で文壇に地位を築いたのだった。大木が京都を訪れた時、迎えに出たのは音子の弟子の坂見けい子だった。そして音子と会った大木は、その冷やかな態度に、ある虚しさが残った。唯、「少し気違いさんです」と紹介されたけい子の妖しい魅力に、惹かれるものがあった。けい子は、音子を姉のように慕っていたが、音子から大木の話を聞くと、彼女は大木への復讐を誓った。梅雨の頃、けい子は自作の絵をもって、鎌倉の大木の家を訪ねた。私立大の講師をする一人息子太一郎の案内で、けい子は楽しい日を過した。その夜けい子は大木に抱かれた。けい子から大木との、一夜を聞いた音子は、なぜか嫉妬心にかられた。年月がたつにつれ、音子の心の中で大木との交情が浄化されていた。そして、妖しいけい子との同性愛に溺れる音子であった。夏のある日、京都を訪れた太一郎を、けい子は琵琶湖へ誘った。「音子先生の復讐を太一郎さんでやるんだ」けい子の心は高なった。小倉山の二尊院で太一郎はけい子を抱いた。翌夕、モーターボートに乗った二人は、沖へと出た。音子がラジオのニュースを聞いてかけつけた時、けい子はベッドに寝かされ、太一郎は行方不明のまま、捜索船が動きまわっていた。けい子の寝顔に涙がひと筋光っていた。