四方を囲まれ陽の当たらぬ江戸の場末の棟割長屋。汚れ、荒れ果てたこのアバラ屋には、もはや人間であることを諦めた連中が住んでいる。年中叱言を云っている鋳掛屋。寝たきりのその女房。生娘のような夢想にふける八文夜鷹。中年の色気を発散させる飴売り女。人生を諦観しきった遊び人。アル中の役者くずれ。御家人の成れの果て“殿様”。そして向う気の強い泥棒捨吉。だが、外見の惨めさに反して、長屋には自惰落な楽天的な空気がただよっていた。或日この長屋にお遍路の嘉平老人が舞い込んできた。この世の荒波にさんざんもまれてきた老人は長屋の連中にいろいろと説いて廻った。病人のあさには来世の安らぎを、役者にはアル中を癒してくれる寺を、そうした嘉平の言動に長屋の雰囲気は変ってきていた。泥棒の捨吉は大家の女房お杉と既に出来ていたが、その妹のかよにぞっこん惚れていた。お杉は恐ろしい心の女で、主人である因業大家の六兵衛にもまして誰からも嫌われていた。嘉平老人は、捨吉にかよと一緒にここを逃げることを勧める。しかし、かよは決心がつかなかった。捨吉の心変りを知ったお杉はことごとにかよを虐待した。口惜しがる捨吉に、お杉は、もし亭主を殺して私をこのどん底から救い出してくれるならかよと一緒にしてやろうと持ちかけた。或時六兵衛夫婦が、またまたかよを虐めていると聞いて、駈けつけた捨吉は、やにわに六兵衛を突き飛ばす。とそれだけで六兵衛は死んでしまった。お杉は人殺しと罵った。「亭主を殺せと唆かしやがって」と怒る捨吉の言葉に、かよは「二人で企らんで邪魔な亭主と私を殺そうとしたのだ」と叫ぶ。お杉と捨吉は番所に曳かれて行った。嘉平はどさくさにまぎれて姿をくらましてしまい、長屋はまた酒とバクチに明け暮れる毎日にもどった。みぞれ降る一夜、長屋の連中が酒に酔って馬鹿囃子の最中、殿様が駈け入んできて、役者が首を縊ったと報せた。「折角の踊りをぶちこわしやがって」と遊人の喜三郎は不興げに云った。