引揚者、境萬亀は絵道具を持って恩師逆瀬川画伯を頼って上京したが、訪ねた画伯の家は今や人手に渡って裏塀に急造のアリトエを住まいとしていた。生活苦と芸術苦に老い込んでいた画伯は、何年振りかで萬亀と会い、生気を取り戻したが、その夫人はヒステリーでかえって結果が画伯の家を立ち去らなければならなかった。さしづめ今夜の宿にも困ってしまった萬亀は近所の宿に泊まろうとしたが、いかがわしい所なので、同じ引揚者の徳永の紹介で、ありついたばかりの、勤め先の事務所にその夜は泊まった。翌日徳永が世話してくれた部屋に落ち着いた所はおその婆さんと言って家主の疎開中に入りこんで居座っていて、一家族は階下へその上もう一家族を二階に、その隣におその婆さんと萬亀がいるという状態であった。弱身につけこまれた萬亀は、一日、日々の生活の生き抜きに田舎の姉の家に出かけたが、他人の選挙のため工場も、自分達の住む家の部屋までも差し押さえられ、なおも大臣の夢を追っている義兄と、さみしくあきらめている姉の姿をみて、逆に慰めて帰ってきた。そして東京に戻って見れば欲のはったおその婆さんの甥、行吉と同室せざるをえなくなった。萬亀もあきれてしまって警察の手をもってこれを解決した。一安心した萬亀は絵筆を握り、新興キャバレーの壁画かきをアルバイトに選んだ。そこで萬亀は画描き青年水島明一と知り合い、萬亀は彼から健康な明るい絵の在り方を教えられたが、キャバレーの壁画が出来上がると住所も知らず別れ去ってしまった。やがて家主が疎開先から帰京してきたので、おその婆さんも途方にくれてしまった。萬亀も関西に出た明一青年の好意ある便利により、彼の部屋を借りるため出かけた。そこで思いがけなく明一の母に笑顔で迎えられ、明るい部屋に通された所へ、おその婆さんが甥の行吉に追い出され一緒に住みたいと言ってきたが、萬亀は怒って追い出してしまった。しかしまたすぐ後を追ってせんべ布団を背に、夜の街にふらふらと元気よく去って行く後ろ姿をいつまでも萬亀は見送った。明日からの明一の部屋の生活を思い、彼の自画像にふくらむ胸でほほ笑むのであった。