1914年の晩春であった。ウィーンの聖ステフェン大伽藍に行われた聖体節の盛儀に列した騎兵大尉のニッキーは貧しい娘ミッチーと相識ったのである。ニッキーの家、ヴィルデリーベ・ラウフェンブルグ伯爵家は門閥ではあったが金はなかったので、彼は金持ちの娘と結婚せねばならぬはめになっていた。彼はウィーンの青年貴族の御多分にもれず放縦淫佚な生活を送っている漁色家だったので、儀式を拝観に集まった群衆の中からこのおぼこらしい美しい処女を見出すやいなや逸早く食指を動かした。そして彼女も貴族将校の凛々しい姿にある憧れの心を抱いたのだった。ところがニッキーの馬が物におどろいてミッチーを蹄にかけた。彼女を伴って来ていた肉屋のシャニーはニッキーを面罵して補縛された。ニッキーは警官からミッチーが遊園地に雇われて竪琴を弾いている娘であることを聞き彼女を病院に見舞った。そして彼女が退院するとたびたび遊園地を訪れ、月朧な春の夜を林檎の花の下に、水青きドナウ河のほとりに、恋を囁き愛を語った。ミッチーの母は彼女をシャニーの嫁にするつもりだったが、ミッチーはついに処女として最後のものさえニッキーに捧げた。しかしこの間にニッキーの父母は膏薬成金のシュヴァイセルの一人娘を伯爵家の花嫁にすべく縁談を進めていた。女をあさり尽くしたニッキーはミッチーに誠の愛を見出したと思った。彼のために選ばれたチェチェリアは足が不自由で醜かった。しかも彼はミッチーをすてて足の不自由な花嫁を迎えなければならないのだった。刑務所から出て来たシャニーは執念くミッチーを口説いたが彼女は冷ややかだった。ニッキーの婚約が新聞に伝えられても彼女の心はシャニーには傾かなかった。シャニーは怒った。彼は恋仇の結婚式の日拳銃を握って式場の外に待っていた。どしゃぶりの雨に濡れてミッチーもふるえていた。愛し合っていない新郎新婦が神の名において結ばれた。結婚行進曲に送られて聖堂を出てくる新伯爵婦人は家鴨のような足どりだった。シャニーが握りしめた拳銃をニッキーに向けたときミッチーは、なにとぞ射たないで・・・・私はあなたときっと結婚します。とシャニーに誓った。彼女の頬を滝のような涙が流れていた。ニッキーは新婦と共に馬車に乗り、降りしきる雨の中を走り去った。彼の目がしらにも涙が光っていた。1914年の晩春であった。雨がざんざと振りそそぐ日だった。