「椿姫」と謳われて艶名全パリにかくれもなかった一代の佳人マルグリット・ゴオテイエの形見の品々が競売される日は朝から絹糸のような雨が降った。奇を好む都人士は多勢つめかけたがその中に故人のただ一人の愛人だったアルマン・デユヴァルも来ていて、椿姫の日記を買い取った。そして競売の済んだ後の空部屋に椿姫の肖像画を前にして日記を開いた--浮かれ女よ淫婦よと云われた椿姫も嘗ては純情の処女マルグリットであったが、後妻の愛に溺れた父親の残忍な折檻の筈は彼女を堕落への道に追い放ったのだった。それから1年後パリっ子の口の端に姦しかった椿姫こそマルグリットが涙を包む笑いの仮面だった。公爵、伯爵、千万長者等々と彼女を巡る男は多かったが、肺を病む彼女を哀れみ愛する男は甞て無かった。その頃彼女の家に向かい合って住んでいた多恨の若人アルマンは人知れずマルグリットを愛していたが、ある夜オペラで2人が相逢う機会を得て後は、浮かれ女の椿姫ならぬ純情のマルグリットとなった彼女に心からの愛が生まれた。かくて静かなる近郊に2人の愛の果ては営まれ、マルグリットは正しき女として蘇ったが、愛児を思うアルマンの父の心からの願いを斥け兼ねて彼女は愛人を棄てねばならなかった。彼女の真情を知らぬアルマンは一途に復讐を思い立った。その後狂歓のナイトクラブに於いてアルマンのために衆目の前で飽くことなき侮辱を加えられながら愛する故に耐え忍んだマルグリットは、やがて病ようやく篤く、降誕祭の鐘の鳴り響く夕べ、降る雪と共に愛人の面影を抱いて儚なく死んだ。