東京都の生まれ。父は歌舞伎俳優の三代目市川猿之助、母は宝塚歌劇団出身の女優・浜木綿子。幼い頃に両親が離婚し、浜の手で育てられる。当初は俳優になるつもりはなかったというが、東京大学文学部社会心理学科を卒業した1988年、TBS東芝日曜劇場『空き部屋』で俳優デビュー。翌89年には成田裕介監督「六本木バナナ・ボーイズ」で映画初出演し、同年のNHK大河ドラマ『春日局』では小早川秀秋を演じた。最初の転機は、新田たつおの人気劇画が原作のOV『静かなるドン』に主演した91年。昼は下着メーカーのダメデザイナー、夜は暴力団の総長というふたつの顔を持つ主人公・近藤静也をコミカルに演じて注目される。同作はOV版12作に加えて劇場版も作られる人気シリーズとなった。90年代はこうした多数のOVや、同シリーズで新人時代の香川を厳しく指導した鹿島勤監督の「今日から俺は!!」94、横溝正史役を演じた「RAMPO」94のほか、TBS『渡る世間は鬼ばかり』90、NHK連続テレビ小説『おんなは度胸』92など橋田壽賀子脚本のドラマで経験を積むも、雌伏の時期に相当する。98年、崔洋一監督「犬、走る/DOG RACE」で麻薬を打たれてハイになる刑事を、黒沢清監督「蛇の道」では殺された娘の復讐に乗り出す男を演じ、徐々に頭角を現してゆく。決定的な転換の年は2000年、緒方明監督のデビュー作「独立少年合唱団」では学生運動に複雑な思いを抱く男子校教師役、黒木和雄監督「スリ」では風俗嬢にふられて暴れる断酒会の幹事、中国のチアン・ウェン監督「鬼が来た!」では麻袋に入れられ中国の小村に預けられる日本兵・花屋小三郎を演じる。とりわけ、日本軍による虐殺行為を凄まじいまでの迫力とブラックユーモアを滲ませて描いた「鬼が来た!」は、自身の著作『中国魅録』でも「私の理解を超えた実に過酷なものだった」と綴られているように特に思い入れが深い作品で、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得、香川自身も国際的な注目を浴びる。これを機に海外作品にも多く進出し、国内でも前者2本の演技でキネマ旬報賞助演男優賞をはじめ多数の映画賞を受賞。以降は映画を中心に、テレビドラマ、舞台と質量ともに充実した活動を展開し、名実ともに日本を代表する俳優のひとりへと進化していく。ドラマや大作映画では手堅い脇役を、作家性の強い監督やインディペンデント系の作品では抑圧され屈折した男性像を演じることが多い。前者の例では平山秀幸監督「OUT」02の消費者金融業者、行定勲監督「北の零年」05の新政府の役人となるやり手の商人、曽利文彦監督「あしたのジョー」11の隻眼のボクシングトレーナー・丹下段平など。後者では、小林政広監督「フリック」05で演じた酒浸りの刑事をはじめ、廣末哲万監督「14歳」07の中学教師、黒沢清監督「トウキョウソナタ」08のリストラされた一家の家長、そして西川美和監督「ゆれる」06の弟に劣等感を抱く兄・稔役などが挙げられる。02年の「KT」「刑務所の中」などで二度目のキネマ旬報賞助演男優賞、06年の「ゆれる」などで三たび同賞を獲得し、ヨコハマ映画祭で主演男優賞、ブルーリボン賞、報知映画賞などで助演男優賞に輝いた。03年には、2作目の中国映画出演となるフォ・ジェンチイ監督「故郷の香り」で聾唖の中国人男性を演じ、東京国際映画祭の最優秀男優賞を獲得。木村大作監督「劒岳・点の記」09では日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞している。テレビドラマも、NHK大河ドラマ『葵・徳川三代』00、『利家とまつ・加賀百万石物語』02、『功名が辻』06、日本テレビ『彼女が死んじゃった。』04、フジテレビ『救命病棟24時』05、『アンフェア』06、『外交官・黒田康作』11、TBS『MR.BRAIN』09、『南極大陸』11など多数で活躍。10年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』では、坂本龍馬に愛憎相反する感情を抱くもうひとりの主人公・岩崎弥太郎に扮し、同局『坂の上の雲』09~11では俳人・正岡子規の最期を演じるために15kg以上の減量を行なって、鬼気迫る熱演を見せた。11年9月、長年絶縁状態だった父・猿之助との関係を修復し、九代目市川中車を襲名して歌舞伎の世界に進出することを発表。父が二代目市川猿翁、父方の従弟である市川亀治郎が四代目市川猿之助をそれぞれ襲名することと併せて合同会見を開いた。香川の長男・政明も五代目市川団子として歌舞伎界にデビュー。自身は映像の仕事も続け、歌舞伎では“市川中車”、映像では今後も“香川照之”の名を使い分けることになるという。また、文筆家としての顔も持ち、02年より『キネマ旬報』でコラム『日本魅録』を連載して好評を得ているほか、雑誌『ボクシング・マガジン』に連載していたエッセイを中心にまとめた著書『慢性拳闘症』を11年に上梓した。