【善と悪の葛藤をテーマに鮮烈な映像を駆使する新世代作家】アメリカ、コロラド州デンバーの生まれ。カリフォルニアで育ち、10代の頃にオレゴン州に移り住む。父は『ライフ』誌のライター。18歳で映像制作会社に就職し、その後、1981年から83年までジョージ・ルーカスのILM(Industrial Light and Magic)で働いて映像技術の腕を磨いた。CM制作者として独立したのちの86年、映像制作会社プロパガンダ・フィルムを共同で設立。大手企業のCMや、マイケル・ジャクソン、エアロスミスら大物アーティストのミュージックビデオを手がける。その独特な映像感覚が注目され、人気シリーズの第3作「エイリアン3」(92)の監督に抜擢されて映画界にデビュー。新人の作品としては史上最大の製作費が話題となったものの、実は代打登板であって現場は混乱、結果的に一部で絶賛されながらも興行的には失敗した。このあと一時的に映画を離れ、ローリング・ストーンズのミュージックビデオでグラミー賞を獲得。95年、史上にも稀なバッド・エンディングのサイコ・スリラー「セブン」が世界中で大ヒットし、ヒットメーカーとしての地位を確立する。続けて奇抜なプロットの作品を連作。生死を賭けたドッキリ企画に巻き込まれる「ゲーム」(97)が日本では好評、「ファイト・クラブ」(99)は世界的なカルト人気を得る一方、避難シェルターでの攻防戦を描く「パニック・ルーム」(02)は多くの不興を買うなど、常に話題を振りまいていった。2007年の「ゾディアック」はカンヌ映画祭に出品、改めて映画作家としての先鋭さを示し、08年の「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」で、初めてアカデミー監督賞にノミネートされている。【より成熟した視点で人の営みを見つめる】ミュージックビデオ等の評価によりいきなり大作を任されるかたちでの、異業種監督の先駆者。ILMでの経験もふまえ、SFやファンタジーに限らず特殊効果を積極的に用い、鮮烈な構図や色使いで観客の目を釘付けにする映像派としてまず認識された。スリラー風味の奇抜な物語を多く手がけ、「セブン」の七つの大罪をなぞる連続殺人、「ゲーム」の誕生日サプライズ、「ファイト・クラブ」の破壊工作に発展する格闘同好会など、道徳倫理を超えたゲームが現実化していく悪夢を紡ぎ出す。それを単なる悪趣味に終わらせないのは、根底に流れる“善と悪の葛藤”のテーマだった。「セブン」同様に犯罪者が人知を超えた絶対悪として描かれる「ゾディアック」、内なる悪との戦いと決別を描く「ファイト・クラブ」はもちろん、自ら大作B級映画と称する「パニック・ルーム」にもこれは当てはまる。「ゾディアック」に続いてデジタルカメラを使用した「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」では、CGIを駆使した目眩い映像世界を展開しつつ、より成熟した視点で人生を描き、善も悪も人間の営みの一部として受け入れようという視点が見受けられる。