【人間のグレーゾーンを見つめる、才気溢れる新世代監督】広島県広島市の生まれ。小さい頃から文章を書くのが好きだったというが、早稲田大学第一文学部在学中より映画製作を志し、制作会社の面接を多数受けた。ことごとく落ちるなか、テレビマンユニオンの面接官だった是枝裕和監督に意気込みを買われ、是枝の「ワンダフルライフ」(99)にフリーのスタッフとして参加。その後、是枝、諏訪敦彦、森田芳光、七里圭ら多くの監督のもとで助監督などを経験する。2003年、自作のオリジナル脚本をもとにしたブラックコメディ「蛇イチゴ」で監督デビュー。当初は自分で監督するつもりではなく、完成度の高いシナリオを書くことを目指して執筆したというが、是枝のプロデュースにより自ら監督することとなり、毎日映画コンクール脚本賞のほか、国内の新人監督賞をいくつか受賞した。続いてオムニバス「female」(05)の中の一作「女神のかかと」という中編を挟んで、やはり自身のオリジナル脚本による「ゆれる」(06)を発表。タイプの違う兄弟の確執から起きた事件を通して、揺れ動く人間の心理をミステリアスなタッチで描いた。同作はカンヌ映画祭の監督週間で上映され評判を呼んだほか、日本でもロングランヒットを記録。各映画賞で高い評価を受け、西川自身が手がけたノベライズが三島賞の最終候補にまで残った。その後、夏目漱石の短編集を映画化したオムニバス「ユメ十夜」(07)で、出征していった父を想う母子の物語である「第九夜」を担当。次いで手がけた長編第3作「ディア・ドクター」(09)は、国内の映画賞を総なめにするほどの勢いで、「ゆれる」以上の高い評価を受けた。自ら執筆した原案小説でもある短編集『きのうの神さま』が直木賞候補になるなど、監督としてだけでなく、小説家としても注目を集める存在となっている。【自作オリジナル脚本にこだわる】原作ものではなく、オリジナルの脚本を自ら手がけることに強いこだわりを持ち、「蛇イチゴ」や「ゆれる」は自身のみた夢が発想の起点になったという。そうしたモチーフのごとく、題材としては一貫して人間ドラマを取り上げ、「蛇イチゴ」では10年来行方不明になっていた兄の帰還、「ゆれる」では疎遠になっていた兄弟の裁判事件、「ディア・ドクター」では村民に親しまれる偽医者の騒動と、日常的な生活空間に突然訪れた劇的な事変を舞台として物語を組み上げる。そこでは適度な戯画性が保たれたうえで、外面と内面、真実と.、本音と建前、善意と悪意といった、人間の心の奥底で揺れ動くグレーゾーンを鋭く、優しくすくいとり、批評家・観客双方から高い評価を受けた。また女性的視点と男性的視点の両方を持ち合わせた個性も、作家として大きな魅力となっている。