【デビュー作でオスカーを制した脚本家出身のヒューマニスト】カナダ、オンタリオ州ロンドンの生まれ。両親が劇場を経営しており、幼い頃から芸能に親しみながら、ショービジネスへの憧れを強めていった。中学・高校時代からアルフレッド・ヒッチコックやジャン=リュック・ゴダールに傾倒し、美術学校に進学する。ミケランジェロ・アントニオーニの「欲望」に衝撃を受けたことからファッション・カメラマンを志して渡英。その後、映画撮影を学ぶためにカナダに戻り、20代はじめに渡米してカリフォルニアで脚本家修行を始めた。『ラブ・ボート』『アーノルド坊やは人気者』などの人気番組に脚本が採用されたことから注目され、『L.A.ロー』などにも脚本を提供するとともに、9年間続く大ヒットとなったチャック・ノリス主演作『炎のテキサス・レンジャー』の企画に参加するなど、1980年代を通してテレビ界で活躍する。その後、テレビの娯楽番組からの脱皮を望んだハギスは、F・X・トゥールの短編小説集に感銘を受けて映画化権を獲得。その内の二編を組み合わせて「ミリオンダラー・ベイビー」のシナリオを書き上げた。当初はアンジェリカ・ヒューストンが自身の監督で映画化を目論んだものの実現に至らず、クリント・イーストウッドが興味を持ったことで2004年に映画化が実現。この作品の成功(ハギスへのアカデミー脚色賞を含む)によりハリウッドでのステイタスが確立する。続いて、多彩な人物をモザイクのように描き分け、現代アメリカの人種問題に斬り込んだ初監督作「クラッシュ」(04)がアカデミー賞で作品賞、オリジナル脚本賞を受賞するなど大成功。多くの登場人物と複数のストーリーラインを手際よく捌くのみならず、巧みな状況設定や、ちょっとしたセリフのやり取りで人物の内面を丁寧にすくい上げる手腕に、脚本家出身の監督らしさがうかがえる。【社会意識と人間洞察の融合】2006年には恩人とも言えるイーストウッドのために「父親たちの星条旗」(06)の脚本を執筆するとともに、その姉妹作となる「硫黄島からの手紙」(06)では原案と製作総指揮をつとめた。次いで「007/カジノ・ロワイヤル」(06)の脚本も担当。アクションを重視するあまり主人公の人間味が希薄になってしまっていたシリーズに再び新鮮な息吹を与えたことが高く評価された。紋切り型になりかねない題材に、深い人間洞察によって温かい息吹を与えるのが監督・脚本家としてのハギスの真骨頂で、そのことは監督第2作「告発のとき」(07)にも当てはまる。イラク戦争から帰還後に謎めいた死を遂げた息子を捜す父親(トミー・リー・ジョーンズ、最初はイーストウッドにオファーされた役だった)を描く作品だが、頭でっかちな反戦映画にすることを避け、加害者となる人物たちも含めて温かい視点で描き、社会的メッセージの説得力を強めている。シリーズ史上初めて前作のストーリーをそのまま引き継ぐ続編として製作された「007/慰めの報酬」(08)でも脚本を担当。