東京市下谷区(現・東京都台東区)の生まれ。都立本所工業高校を卒業後、短期間サラリーマンを経験したのち、1963年に俳優座養成所へ15期生として入所。66年の卒業と同時に俳優座へ入団する。舞台活動と並行して、67年のフジテレビ『天下の青年』から映像ジャンルにも進出。貞永方久・山根成之共同監督「復讐の歌が聞こえる」68で、復讐を遂行する主人公を演じて映画にもデビューする。69年にはNET(現・テレビ朝日)『五番目の刑事』で活劇俳優としても好演し、それが翌70年、現代的なアウトローを演じた沢田幸弘監督「反逆のメロディー」で大きく花開く。ジーンズの上下にサングラス、長髪の暴力団員がエネルギーの爆発場所を求めて流浪し、抗争の火をつけて回るというアナーキーな役柄で、それまでの現代やくざ映画の定型を破るものとして衝撃を与えた。藤田敏八監督と組んだ「新宿アウトロー・ぶっ飛ばせ」70の一匹狼のやくざと組んで暴力団相手に闘う若者、「野良猫ロック・暴走集団'71」71の徹底した遊戯感覚で敵と闘って爆死するフーテン族のリーダー役で、ライブ感覚の映画作りの楽しさを体感。小沢啓一監督「関東流れ者」71、沢田監督「関東幹部会」71などでもアウトロー役が続き、これら日活ニュー・アクションの諸作品は、松田優作ら後輩俳優たちに大きな刺激を与えた。同年、俳優座を退団。本人曰く「大人の遊び」として、映画が以後の活動の主流になっていく。日活がロマンポルノに方針変更してからは、東宝の池広一夫監督の時代劇「無宿人御子神の丈吉」シリーズへと転生、「牙は引き裂いた」「川風に過去は流れた」72、「黄昏に閃光が飛んだ」73と3作に渡って、妻子を殺した国定忠治への復讐の旅を続ける流れ者を演じた。藤田監督「赤い鳥逃げた?」73では一転して現代の新宿を舞台に、若いエネルギーを無為の日常の中へ拡散させていく青春後期の精神状況を好演する。黒木和雄監督「竜馬暗殺」74では奔放かつ鬱屈したエネルギーを持つ坂本龍馬に扮して、幕末の青春像を見事に表現。寺山修司監督「田園に死す」74を経て、再び黒木監督と組んだ「祭りの準備」75では社会の底辺を這い回るチンピラ役で助演し、キネマ旬報賞、ブルーリボン賞の助演男優賞に輝いた。黒木とはその後も「原子力戦争」78、「泪橋」83、「浪人街」90、「スリ」00などの諸作や、「TOMORROW/明日」88、「美しい夏キリシマ」02、「父と暮せば」04と続く庶民の視点で太平洋戦争を見つめた“戦争レクイエム三部作”でコンビを組み、「スリ」でキネマ旬報賞主演男優賞を受賞している。藤田監督「裸足のブルージン」75の過ぎゆく青春に執着する男、佐藤純彌監督「君よ憤怒の河を渡れ」76の高倉健扮する主人公を執拗に追う非情な刑事、そして76年の渡辺祐介監督「やさぐれ刑事」「反逆の旅」は久しぶりの主演アクションもので、題材こそ違うが日本的ハードボイルドのヒーローを魅力たっぷりに演じた。鈴木清順監督作品では、77年の「悲愁物語」を皮切りに、「ツィゴイネルワイゼン」80で現実と冥界の間を揺れ動く無頼なドイツ語教師の主人公を圧倒的な存在感で演じきり、続く「陽炎座」81、「夢二」91でも名コンビぶりを披露する。85年、森﨑東監督の「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」に、壮絶に戦って死ぬ原発ジプシー役で出演。以後は森﨑作品でも常連俳優となる。主演、助演を問わず、どの作品にも一貫しているのは、一匹狼あるいは無法者という自己の個性を呈示できるしたたかで繊細な精神であり、野性的かつ知的な容貌とも相まって、新しい映画スターとしての存在感を発揮し続ける。89年、阪本順治監督のデビュー作「どついたるねん」で、赤井英和演じる再起を目指すボクサーを励ます元チャンピオンのトレーナー役で出演。この演技でキネマ旬報賞、報知映画賞、毎日映画コンクールなどの助演男優賞を総なめにする。90年の若松孝二監督「われに撃つ用意あり」では、暴力団やマフィアと戦う全共闘世代のスナックのマスターを熱演。「浪人街」と併せ、ブルーリボン賞、日刊スポーツ映画大賞の主演男優賞を受賞する。さらには、若松監督がつかこうへいの戯曲を映画化した「寝盗られ宗介」92で、女房を駆け落ちさせることで愛を深める旅芝居一座の座長を演じ、キネマ旬報賞、日刊スポーツ映画大賞の主演男優賞に輝いた。横山博人監督「眠れる美女」95では初の老け役に挑み,97年の望月六郎監督「鬼火」では、堅気になろうとしながら極道の世界でしか生きられない男の悲哀を演じて、毎日映画コンクールの男優主演賞を受賞と、彼の映画俳優人生は多くの優れた作品や監督との出会いによって、常に輝きに彩られてきた。その一方で、テレビドラマでも活躍。俳優初期の日本テレビ『2丁目3番地』71、『冬物語』72、TBS『風の町』74などから、TBS『夏に恋する女たち』83、『ブラックジャックによろしく』03、『逃亡者/RUNAWAY』『砂の器』04、『新参者』10、NHK『独眼竜政宗』87、『夏の日の恋/Summer Time』02、『義経』05、『ウォーカーズ・迷子の大人たち』06、『白洲次郎』09、フジテレビ『ブラザーズ』98、『エンジン』05、『不毛地帯』09など多数で、硬軟織り交ぜた名優ぶりを発揮し続けた。2008年、早期の大腸癌が発見されて開腹手術をしたが、ひと月の静養の後で仕事復帰。この時、家族には余命2年と宣告されていたという。しかし、本人は以降も精力的に活動し、09年のNHK『火の魚』では、尾野真千子演じる女性編集者と心を通わせていく元無頼派の小説家に扮して、味わい深い演技を披露する。10年11月、自らが企画もつとめた阪本監督「大鹿村騒動記」の撮影に臨み、長野県大鹿村に伝わる伝統的な村歌舞伎を見事に演じた。翌11年は、日本テレビ『高校生レストラン』にレギュラー出演したが、病状の悪化により途中降板。上行結腸癌から肺炎を併発し、話すこともままならない状態で、同年7月11日の「大鹿村騒動記」完成披露試写会に車椅子姿で出席する。その8日後の7月19日、同作の封切りを見届けて、71歳で亡くなった。最後まで映画を愛し、俳優であることに魂を燃やし続けた完全燃焼の人生だった。03年、紫綬褒章を受章。一男一女があり、長男はミュージシャンで俳優の原田喧太、長女は女優の原田麻由。