【イギリス労働者階級の現実を鋭くとらえる社会派の名匠】イギリス、ワーウィックシャー州ナニートンの生まれ。電気工の父と仕立て屋の母の間に生まれ、オックスフォード大学で法律を学ぶ。卒業後はさまざまな劇団で俳優や演出家として働き、1963年、BBCテレビに入社。テレビ演出家として数々の作品を手がける。67年、「夜空に星のあるように」で映画監督デビュー。続く「ケス」(69)は、貧しい労働者階級の少年と鷹を題材にイギリスにおける労働者階級の厳しい現実をリアルに描き出し、初期の代表作とした。以後もテレビ作品を含め、労働者階級の人々の生活を独自のスタイルで描き続け、イギリス本国や欧米では早くから評価と支持を得ていた。日本で知られるようになったのは、93年に「リフ・ラフ」(90)、「レイニング・ストーンズ」(93)が連続公開されてから。一貫してイギリス社会を見つめてきたローチだが、95年の「大地と自由」ではスペイン内戦で反ファシズムのために戦った青年たちの理想と幻滅を描き、96年の「カルラの歌」ではニカラグア人女性に恋をしたスコットランド人男性が、ニカラグアの凄まじい内情に触れて人生観を変える物語を描くなど、国外の内戦や紛争にも目を向けるようになる。カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三大映画祭で数々の賞を受賞している常連でもあり、「麦の穂をゆらす風」(06)でカンヌ映画祭のパルムドールを獲得。2009年の「Looking for Eric」、10年の「Route Irish」もいずれもカンヌに出品されている。【脚本なし、素人俳優を起用】フリーシネマの末尾にテレビ界から登場したローチは、初期よりドキュメンタリー・タッチの社会派を特徴としている。BBC時代に培った手法をフィクションに応用、過酷な現実を生きる人々の姿をリアルに切り取るスタイルを主軸とした。作品によっては役者にシナリオが渡されず、そのシーンの撮影直前に初めてセリフが手渡されることもあるという。また、素人俳優を好んで起用し、彼らの人生体験、方言、演技を意識しない身ぶりを映画の持ち味にすることも多く、これらの傾向もフリーシネマの流れを汲むものだ。左翼を自称するローチは、長らく英国内の社会問題をテーマにしてきたが、第一線への復帰を経た90年代半ばから海外の内戦や紛争を描くことが増えた。2000年代に入ってからは、ロサンゼルスに生きる中南米の労使間闘争を描いた「ブレッド&ローズ」(00)で新境地を開く一方、「SWEET SIXTEEN」(02)、「この自由な世界で」(07)など、自国の雇用問題や貧困を扱うローチならではの題材にもさらに鋭く斬り込み、奥行きと幅を広げている。いずれも政治的内容を扱う社会派作品だが、焦点はあくまで日常生活を送る市井の人々にあることは変わりない。