入社した百貨店でのコーラス部で才能を発揮し、1939年松竹演芸部に入社。のち新興キネマ演芸部を経て、1942年新宿のムーラン・ルージュに入団。夫の宮阪将嘉と共に1951年の解散まで活躍する。解散後は劇団民芸に入団。映画デビューは1964年の「どぶ」。以後脇役として様々な作品に出演する。1967年に民芸を退団しフリーに。1969年の山田洋次監督作「男はつらいよ」で、主人公寅次郎の叔母役を演じ、1995年最終作「寅次郎紅の花」まで出演を続けた。2011年公開のムーランルージュ新宿座”の歴史を振り返るドキュメンタリー「ムーランルージュの青春」で久々にスクリーンに登場した。2012年2月13日老衰のため死去。