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小林正樹

  • Masaki Kobayashi
  • 監督/脚本/製作
本名
出身地 北海道小樽市
生年月日 1916/02/14
没年月日 1996/10/04

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略歴

【社会の悲劇と個の内面を見つめ続けた“国際賞男”】北海道小樽市の生まれ。1941年、早稲田大学文学部を卒業後、松竹に入社。戦時中は満州出征、宮古島守備隊を経て沖縄の米軍収容所で捕虜生活を送り、46年11月に復員する。松竹に復職後は主に木下惠介に師事し、「不死鳥」(47)から「日本の悲劇」(53)まで助監督を務めて木下門下の優等生と言われた。52年の中編「息子の青春」で監督昇進。戦中の空白を含めて10年間の助監督生活を送ったが、青春の瑞々しさを失わず、続く「まごころ」(53)の美しい叙情性とも併せて、注目の新人として名を馳せた。同じ53年には安部公房原作の「壁あつき部屋」を第3作として手がけるが、無実の罪でBC級戦犯として投獄された戦争犠牲者の姿を描いた同作は、対米感情への配慮から松竹が公開を見合わせ、56年になってようやく封切られる。のちの作品に見られる悲劇性と社会性がここで早くも提示されていたことは、小林の作風を語る上で興味深い。59年から61年にかけては、五味川純平の大河小説が原作の「人間の條件」を、全6部・9時間38分の超大作として映画化。満州に応召されたインテリの主人公が戦争と軍隊の過酷な実態に直面する姿を通して、戦争の不条理を鋭く突いて国内外で高い評価を集めた。これを機に小林の名は世界に轟き、初の時代劇となった「切腹」(62)と小泉八雲原作のオムニバス「怪談」(64)では、ともにカンヌ国際映画祭の審査員特別賞を受賞。65年に松竹を退社してフリーとなり、67年の時代劇「上意討ち・拝領妻始末」ではヴェネチア国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞するなど“国際賞男”の異名をとった。アウトローたちが若者の純愛に手を貸す「いのちぼうにふろう」(71)、連続テレビドラマ8時間を3時間の劇場用に再編集した「化石」(75)、そしてイラン・ロケの大作「燃える秋」(78)を撮る。【妥協を許さぬ完全主義者】さまざまな手法で戦争否定の主題を追究し続けてきた小林の集大成とも言えるのが、83年公開のドキュメンタリー「東京裁判」で、これは日本の戦争責任を裁くために46年から2年半に渡って開かれた極東国際軍事裁判の模様を収めた米国防省保管の膨大なフィルムと内外のニュース映像とを、実に4年がかりで4時間37分に編集した労作である。日本の侵略の事実を冷徹な視点で検証するとともに、戦勝国による戦争裁判の空虚さも訴え、その悲劇性を改めて浮き彫りにした。遺作となった「食卓のない家」(85)は、連合赤軍による“あさま山荘事件”を背景に敷いた社会派のホームドラマで、最期まで社会の悲劇と個の葛藤を見つめ続けた名匠の面目躍如。長年に渡って井上靖原作『敦煌』の映画化企画を温めていたが果たせず、晩年は妥協を許さぬ“完全主義”も災いしてか、映画製作のチャンスが狭まったことも残念だった。

キネマ旬報の記事

2016年10月下旬号

小林正樹監督のすすめ:小林正樹監督全作品解説

小林正樹監督のすすめ:小林正樹を知る13のキーワード

小林正樹監督のすすめ:小林正樹映画をもっと自由に

2006年6月下旬号

見逃してはいけない@スカパー!:小林正樹監督特集&「どたんば」

1998年臨時増刊 黒澤明と木下惠介

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1996年12月下旬号

追悼 ・映画監督 小林正樹:小林正樹の足跡

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追悼 ・映画監督 小林正樹:フィルモグラフィーと自作を語る

1996年8月下旬上半期決算号

企画特集 ジャパニーズ・ホラー映画の現在:小林正樹監督「怪談」LD化

1988年12月上旬号

エッセイ:小林正樹ノ世界

1983年4月下旬号

特集 東京裁判 小林正樹監督作品:座談会 小林正樹×浦岡敬一×品田雄吉

1978年12月下旬号

特集 「燃える秋」:1 小林正樹 インタビュー 自由に生きる女性像を

1977年5月上旬号

フロントページ:

1974年9月上旬号

グラビア:小林正樹監督 「化石」

1971年7月下旬号

特別グラビア:カンヌで表彰された小林正樹監督

1971年3月下旬号

日本映画・監督のいる風景:「いのちぼうにふろう」の小林正樹

1968年6月下旬号

作品特集 「燃えつきた地図」「日本の青春」:小林正樹の「日本の青春」 一貫した自己のテーマの探求

作品特集 「燃えつきた地図」「日本の青春」:小林正樹の「日本の青春」 小林正樹の新しさと古さと

1968年3月上旬号

特別グラビア:「日本の青春」の小林正樹組

1968年2月上旬決算特別号

1967年度ベスト・テン特別グラフィック:日本映画監督賞 小林正樹

受賞の喜びを語る:

1967年12月下旬号

トピック・ジャーナル:小林正樹監督と松竹の契約訴訟

特集 続 ことし監督たちはなにを遺したか:小林正樹

1967年6月下旬号

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小林正樹監督の「上意討ち」:

1967年4月下旬号

特集 67年に賭ける13監督の表情:小林正樹と「上意討ち」

1966年5月上旬号

なくて七癖:第36回 小林正樹の巻

1964年2月上旬号

武士は食わねど・・・頑張リズム三監督:特別グラフィック 今井正・小林正樹・今村昌平

1962年10月下旬号

特集 時代劇映画の進む道:鼎談 時代劇の運命を握るカギ 伊藤大輔×小林正樹×小林勝

1962年5月上旬号

学規:

1961年10月下旬号

秋の日本映画大作展望:からみ合い(小林正樹)

1961年7月上旬夏の特別号

新・監督研究 1 小林正樹:小林正樹論

新・監督研究 1 小林正樹:小林正樹小伝

新・監督研究 1 小林正樹:自作を語る

1961年4月上旬春の特別号

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1961年1月上旬新年特別号

新作グラビア:2 市川崑と小林正樹

1960年12月増刊号 日本映画監督特集

作家掌論:小林正樹

1960年10月下旬号

クローズ・アップ:小林正樹

1960年10月上旬秋の特別号

特別グラビア 日本映画監督二十態:小林正樹

1960年2月下旬号

特別グラビア 映画人と家庭:小林正樹

1957年2月上旬特別号

入選の思い新たに-16監督のことば:喜びと悲しみ

1956年12月上旬号

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1956年4月下旬号

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1954年4月上旬春の特別号

対談 新時代に夢を抱いて:小林正樹×橋本忍

1953年10月上旬秋の特別号

アンケート形式による新人監督会議:市川崑/井上梅次/内川清一郎/加戸敏/小林恒夫/小林正樹/斎藤達雄/志村敏夫/新藤兼人/杉江敏男/鈴木英夫/田坂勝彦/西村元男/長谷部慶治/堀内真直/本多猪四郎/松林宗惠/丸山誠治/毛利正樹/安田公義/若杉光夫

1953年3月下旬号

新人監督座談會 新しい映画作家の歩む道:小林正樹×井上梅次×堀内眞直×松林宗惠×滋野辰彦