【アメリカの問題を鋭く抉る社会派監督】アメリカ、ペンシルヴェニア州フィラデルフィアの生まれ。父がラジオ局のディレクター、脚本家、俳優をやっていた関係で、ラジオやブロードウェイに子役として出演した。1942年、コロンビア大学に入るが、同時に第二次大戦の部隊に入隊、レーダーの修理係として極東に行く。46年に除隊してブロードウェイに戻り、初期のアクターズ・スタジオに参加したり、グリニッチ・ヴィレッジで劇団を組織して3年間、オフ・ブロードウェイで仕事をする。やがて俳優生活に嫌気のさしたころ、CBS-TVにアシスタント・ディレクターとして招かれ、1年ほどでディレクターに昇格して売れっ子となる。5年間に手がけたドラマは500本あまり、さらにブロードウェイで芝居の演出もする。そして57年、「十二人の怒れる男」で監督にデビューする。彼自身が演出したドラマの映画化で、12人の陪審員中1人だけが無罪を主張し、やがて議論を重ねるうちに無罪に傾いていくというディスカッション・ドラマ。その緊迫感が見事な作品だった。続く「女優志願」(58)は、女優志願で田舎から出てきた女が劇作家と知り合い、役を射止めるまでを描く。「橋からの眺め」(61)はアーサー・ミラーの戯曲の映画化で、姪を愛するようになった男の悲劇を描いた社会派ドラマ、「質屋」(64)はユダヤ人の大学教授を通して人間の絶望の淵を描く。さらに、大学を卒業した8人の女性のその後の歩みを赤裸々に描いた「グループ」(66)、恋人がコールガールかもしれないという疑念から抜けきれない悲劇「約束」(69)、ニューヨーク警察内部にはびこる腐敗を単身取り除こうとする「セルピコ」(73)と、1作ごとに社会性の強い作品を発表し、アメリカの問題点を告発するエースとしてその地位を不動のものとする。【社会派サスペンスの巨匠】74年、オリエント急行内で起きた殺人事件を名探偵ポワロが鮮やかに解決する「オリエント急行殺人事件」で、娯楽映画にも並々ならぬ腕の冴えを披露、一転して次作の「狼たちの午後」(75)では、銀行に立てこもった2人組の警察との攻防をサスペンスフルに描いた。そして「ネットワーク」(76)では視聴率戦争にまい進するテレビ界の内幕を暴露する。以降は「プリンス・オブ・シティ」(81)、「デストラップ・死の罠」(82)、ポール・ニューマンがアル中の弁護士に扮して巨悪と闘う「評決」(82)など、社会性と娯楽性を兼ね備えた問題作を発表。2007年には大金を必要とする兄弟が宝石強盗を計画するという「その土曜日、7時58分」を監督。社会派サスペンスの巨匠はいまなお健在である。2004年度のアカデミー賞で名誉賞を受賞。