本当に皆さんご苦労さまでした

冒頭、新聞の尋ね人の欄に寅さんの名前が。
案外寅さんは柴又にしょっちゅう帰っているイメージがあるが、半年以上も便りがないのは稀なことなのかもしれない。
肝心の寅さんはくるまやの面々の心配をよそに、今日も飄々と旅に出る。

何と寅さんは阪神淡路大震災直後の被災地でボランティア活動をしていた。
もちろん合成だが、村山総理に気安く呼びかける寅さんの姿がおかしい。
テレビに映った寅さんの無事な姿を観て、とりあえずさくらたちは一安心する。

さてこの回では久しぶりにリリーが登場する。
そして満男の想い人泉も。

やはり泉はズルい。
満男との関係にはひとつの決着がついたはずだが、顔を見たくなったからと突然彼の前に現れる。
そして分かりやすいほど浮かれている彼に、実は結婚を考えていると打ち明ける。
ファミレスのメニューで顔を隠しながら、思ってもいない祝福の言葉をかける満男はやはり無様だ。
泉が満男の前に現れたのは、結婚を止めて欲しかったからではないのか。
さくらも案外、こういう時の女心を分からないものなのだと思った。

ただ、満男が寅さんと違うところは、やはり逃げずに体当りするところだ。
彼は岡山に乗り込み、泉の結婚式を台無しにしてしまう。
満男は自分の気持ちに素直になるのが遅かったとも言えるが、案外泉はこのような展開を望んでいたのかもしれない。
結局、泉の結婚は取り止めになってしまう。

傷心の満男は死に場所を探すかのように奄美大島を訪れる。
そしてリリーと再会する。
最初は二人ともお互いのことを覚えていない。
リリーは自殺しようとしていた満男を引き止める。（本人は死ぬつもりはなかったと言っているが）
そして心配だからと満男を自宅に連れて行く。
そこには居候する寅さんの姿があった。

寅さんは満男の取った行動を非難する。
男は引き際が肝心なのだと。
それに対してリリーは真っ向から反対する。
女は男の気持ちをちゃんと伝えて欲しいのだと。
これに関してはリリーの意見に激しく賛成だ。
寅さんは引き際が肝心だというが、それは押して押して、それでも駄目な場合のことだ。
寅さんは押しもしないのに、格好つけて引いてしまう。
それを男の美学だと思っている。
ここが寅さんが生涯結婚とは縁のなかった理由だ。

どうしてあんなことをしたのかと責める泉に、素直に愛しているからだと答える満男。
この二人のその後の物語がもっと観たかった。

意気地なしの寅さんだが、最後に少しだけ男らしさを見せる。
せっかくリリーと二人で柴又に帰ってきたのに、寅さんはつまらない理由でリリーと喧嘩をしてしまう。
一人で島に帰ろうとするリリーを、必死でさくらは説得する。
さくらは寅さんがリリーと一緒になればどれだけ嬉しいか、涙ながらに訴えるも、寅さんの心には響かない。
が、タクシーに乗ったリリーの横に、突如寅さんが無言で乗り込む。

「か弱い女を一人寂しく旅立たせるわけにはいかねえだろ」
「寅さん、どこまで送っていただけるんですか？」
「男が女を送るって場合にはな、その女の家の玄関まで送るっていうことよ。」

シリーズの中でも一番寅さんが格好良く映った瞬間だ。
もっとも二人の関係はさほど長続きしなかったことが、後のリリーの手紙で明らかになる。

これが寅さん演じる渥美清の遺作になってしまったことは本当に悲しい。
本当は残り二作の構想も山田洋次監督の頭の中では出来上がっていたらしい。
が、これが寅さんの最高の引き際だったとも言える。

「本当に皆さんご苦労さまでした。」
寅さん最後の台詞は被災地の方々にかける暖かい言葉。
その言葉をそのまま渥美清に贈りたい。
シリーズは残り二作あるので、最後まで結末を見届けようと思う。