この作品に溢れる映画愛により観客が応援したくなる稀有な作品

侍タイムスリッパー
監督がなんと11役以上を一人でこなし、出演者が助監督を務めるなど、超ローバジェットの自主製作映画が単館から拡大上映、そしてなんと日本アカデミー賞作品賞を受賞するといった作品自体が映画のような奇跡になった。しかも、監督の安田淳一は、結婚式などのイベント撮影の仕事をしているものの、劇映画のプロではない。それが、シナリオを見た東映京都撮影所の協力で、自主製作で時代劇を作るという快挙を成し遂げた。東映京撮の協力の効果は絶大で、セットの使用や殺陣の迫力は当然のことながら、無名ではあるがベテランのキャストを揃えたこともあって、作品全体に自主映画とは思えないオーソドックスな落ち着きがある。また、特筆すべきは、シナリオのアイデアの素晴らしさ。幕末の侍が現代にタイムスリップするという言ってみれば、陳腐なストーリーでありながら、序盤の時代劇の撮影所、京都の寺という舞台を選び、主人公高坂が未来に馴染んでいくのを、笑いを含めながら丹念に描き、説得力を与えている。そして、それを支えているのが高坂を演じた山口馬木也。大河ドラマにも出演しているベテラン俳優らしいが、武士にしか見えない佇まいが素晴らしい。後半、髷を切りヘアスタイル、ファッションも今風に変わるが、その似合わなさ加減も計算ではないかと思わせる。シナリオの妙は、それだけでなく、侍が未来に馴染んだ後どんな展開があるのかと思っていたら、暗殺しようとしていた相手山形も同時にタイムスリップしていたという予想外の展開。さらに、消えゆく時代劇の再興を狙う新作を作る中で、終盤、二人の真剣での撮影というクライマックスまで用意している。このシーンの緊張感が圧巻で、まさに息を呑む（特に、「ため」の長さが絶妙）。そして、両者の殺陣の結末の映画館のスクリーンへのジャンプショットのアイデアには完全にやられた。
　前述の本作品の制作経緯を知らずとも、この作品に溢れる映画愛により観客が応援したくなる稀有な作品になっている。知って見た自分は、時折、涙が出てきたほどである。作品自体の出来の素晴らしさによることは勿論であるが、こうした奇跡が起こることに、「映画っていい」とつくづく思う。「十一人の賊軍」の集団抗争時代劇にせよ、まだまだアイデアひとつで、時代劇もやれる可能性は残っている。