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鑑賞日 2025/03/25  登録日 2025/03/27  評点 92点 

鑑賞方法 VOD/NETFLIX/レンタル/テレビ 
3D/字幕 -/-
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障害ということをことさらドラマを盛り上げる要素に使うのではなく、普遍的な家族を描こうとする姿勢は素晴らしい。

ぼくが生きてる、ふたつの世界
「そこのみにて光輝く」「きみはいい子」などの呉美保監督のなんと9年ぶりの待望の新作。今回は、耳のきこえない両親のもとで育った作家、五十嵐大の実話の原作を映画化したものになっている。冒頭の主人公大の両親ともに生きる成長の描写だけで、実際のろう者が演じている両親のリアリティと選んだ子役の奇跡の可愛さもあってもう涙が止まらない。そこに、元ヤクザの暴力的な祖父、宗教に凝る祖母を配置し、呉美保監督らしい家族のリアルがさらに加わっている。大は思春期を迎え、人と違うことが恥ずかしく、自分の両親が普通でないことに反発していく。呉美保監督はこれまで家族に関する映画を撮り続けてきた。今回、彼女自身が在日韓国人であり、友人たちの家族との違いに反発を抱いたことに繋がっているとしており、形は変わっているが、まさに彼女が取るべき題材であったと思う。
 ろう者である両親の通訳を日常として余儀なくされてきた大は、そこから抜け出そうとする。これに対して、その負い目を感じていた父がむしろ積極的にそれを推し進めるのも泣ける。ただし、大はただ家を出ただけで、役者志願も仕事も何もかもが空っぽで何者にもなりえない。そして、父の急病をきっかけに帰郷した帰路の際の母親の姿に、過去の記憶が蘇り、それまでの空っぽであった中に、きこえる世界、きこえない世界ともに自分の世界であったという自己を肯定できる芯を見出す。それまで、封印していた回想形式をここで使い、一気にクライマックスを盛り上げる呉美保監督と脚本港岳彦の上手さが光り、号泣してしまった。そして、ここで、呉美保監督が描きたかったものは、ろう者の両親を持ったという特別なものではなく、普遍的な家族であったことがわかる。それは、宮城県を舞台にしながら、東北大震災という特別な事象を敢えて省いたことにも繫がっている。そのため、恥ずかしながら、この作品を見た僕が、亡き母になぜもっと優しくできなかったのかという後悔が溢れて号泣に至ったのだと思う。
 母親を演じた忍足亜希子は、実際にろう者であり、それによるリアルは勿論であるが、障害とは関係なく、演じた母親の愛の大きさ、深さに涙しない人間はいないのではないか。誰しも子供だったんだから。大を演じた吉沢亮も、中学生を演じても違和感はなく、手話シーン(手話に方言があるなんて知らなかった)も相当な訓練の賜物であることがうかがえ,役者魂を感じる。
 呉美保監督の作品は、今回も期待を裏切るものではなく、リアルさをひたすら求め、障害ということをことさらドラマを盛り上げる要素に使うのではなく、普遍的な家族を描こうとする姿勢は素晴らしい。関係ないかもしれないが、9年間のブランクが、2人の子供の子育てに追われていたということも、普遍的な母たるリアルさを感じる。早くも、次回作が楽しみでならない。