感動どころでなく心はざわざわ

坂元裕二脚本で主演が松たか子となると、当然「カルテット」や「大豆田とわ子と三人の元夫」を思い出す。本作もそれら同様、ウイットに富んだセリフと、松たか子のコメディエンヌぶりで魅せる作品になっている。キュンとなる彼の言葉がもう一度聞きたくてつい何度もタイムリープを繰り返してしまうシーンのチャーミングなことといったら…。
というわけで、本作は一瞬一瞬のセリフのやり取りやディテールに共感し、くすくすを楽しむ映画としては期待通りと言っていい。

（以下、結末に触れている部分があります。）

全体構造は「Re:ゼロ」と「いま、会いに行きます」を足して２で割ったような話。
過去に戻るすべを手に入れた主人公。当初は餃子の焼き直しが目標だったが、そのうち夫が死んでいない今にトライするようになる。過去をいじる→戻って確認→失敗。再トライ。過去をいじる→戻って確認→変化はあるが失敗。再トライ。を繰り返して物語は進む。
普通にタイムリープものと思って観ていた。上田誠の一連の作品のような。そうしたら何故かアントニオーニの「情事」だった。これには驚いた。この映画、ラスト１５分で「過去を変えようと孤軍奮闘していた主人公」が突然画面から姿を消し、そのまま何のエクスキューズもなく二度と出ないまま終わってしまうのだ。

焦げた餃子が焼ける前の時間に戻りたい、と望んで始まったタイムリープだが、最後のカンナは餃子が届くことを知らない。つまり、最後のカンナは「孤軍奮闘した（私たちが２時間好意を持って見てきた）主人公のカンナ」ではなく、「主人公のカンナに未来を知らされた彼」と一緒に１５年間を過ごした、「何も知らないカンナ」ということになる。
では、「孤軍奮闘した主人公の方のカンナ」はどこにいっちゃったんだろう。今きっと５９歳のはずなんだけど…。
それに、もし自分が「何も知らないカンナ」なら、夫が亡くなる前日にあんな手紙を書いていたと知ったら、「事故ではなく自殺？」と思っちゃうかも。で、「彼の心の痛みに気づいてあげることも出来なかった」と、その後何年も後悔の念とともに暮らすことになるのではないか。

正直、あれやこれやが気になって手紙の内容にもいまいち集中できず、感動どころではなかった。
坂元裕二ともあろう人が辻褄のあっていない話を書くとも思えないので、私が物語を理解し切れていないのだろうけれど、でもいろんな人のレビューを見たが、誰もこの謎に言及してくれていない。どうしてだろう。
まあ、仮に辻褄があったところで、「今どういう状態なんだっけ？」が常にあって、なかなか感動まで行き着かない気はするが。タイムリープ話は、知的遊びとしては面白いけれどでも、感動との相性はあまり良くないのかもしれない。

そういえば吉岡里帆、「カルテット」では怪演を見せられたが、本作でもただ可愛いだけじゃない癖のあるお嬢さんを演じている。松村北斗も臭くない演技でとてもいい。