北陸道を奥州へ向かって山路をのぼる山伏姿の一行があった。しんがりに、麓の村で雇った強力が一人ついていた。その強力の、おしゃべりから、兄の鎌倉将軍源頼朝に追われた義経の一行を捕らえようと、これから先の安宅の関では、地頭富樫左衛門が一行の通過を待ちかまえている。一行が山伏姿に身をやつしていることから、その人数が七人であることまで知れているのがわかった。そして強力は、自分と一緒の一行が山伏姿でその人数も七名と気がついて、はじめてこれが義経の一行と悟りおどろきあわて、雲を霞と逃げ去って行った。関所の一つ位打ち破ってという人々を制して、一行の先頭となった弁慶は、大事の前の小事、出来る限り事なく通る工夫をしようと主張し、強力の残して行った重い笈を義経に負わせて、笠を深くかぶらせ、強力に仕立て再び山路をさしてのぼりはじめた。一旦逃げた強力は、根が義侠心に強い男、引きかえして来て再びあとに従った。安宅の関は物々しい警備ぶりで、梶原の使者も先廻りで到着していた。富樫は弁慶の堂々たる態度にそれと知りつつ一行を見逃してやり、関所から程遠からぬ見晴らし台で休憩の一行へ配肴さえとどけた。人々はようやく安堵の胸をなでおろし、したたかに酒に酔った。強力も酔いつぶれたが、ふと野を吹く風に眼をさますと、うたたねの自分の躰に美しい小袖がかけられ、一個の立派な印篭がのこされているばかりで、夕暮れの野末の彼方に消えてもはや一行の姿は見られなかった。