新宿の高層ビルで一人のサラリーマンが街道で急死、その男・川島の手には芸能神を奉る天河神社の御守り『五十鈴』が握られていた。男の死を毒殺と断定した角筈署の仙波警部補は天川村へ向かった。その天川村に近い吉野の町はずれで、都会風の男が駐在から密猟の疑いをかけられる。その男はルポライター・浅見光彦。浅見はそこに通りすがった天河館という旅館の女将・敏子に助けられる。東京へ帰った浅見は、先輩の依頼で能についての旅情ルポを手掛けることになり、再び天川村へ車を走らせるが、途中、林道で出会った老人が殺されたことによって、留置場にぶちこまれてしまう。その老人・高崎は、東京に宗家をもつ高名な能楽・水上流の長老だった。知らせを受けて駆けつけた水上和鷹・秀美兄妹はその後継者候補として注目されている。宗家・和憲は二人の祖父にあたり、父である和春は12年前に他界。71歳の和憲は来るべく和春の追善能を機に引退を決意していた。本来なら長子継続の能の世界だが、二人の母・菜津は、秀美を宗家にと推す。和鷹は腹違いの子だったからだ。一方、やっとのことでアリバイが成立し、釈放された浅見は、天河館で秀美から高崎の死の真相を一緒に探ってくれと頼まれる。そして浅見の推理によって、新宿のサラリーマン毒殺事件と高崎の死が水上家と深く関わり合っていることが明らかになっていく。そんな時、能楽堂で和憲が演じるはずの舞台を踏んでいた和鷹が、その舞台上で毒殺されてしまう。それは『道成寺』の見せ場“釣鐘落とし”での一瞬の出来事だった。浅見は毒殺の小道具に忌まわしい『雨降らしの面』が使われたことを直感するが、その直後から面は消えてしまっていた。その後、聞き込みを続け、数々のヒントを聞き出した浅見は、そこで意外な犯人像が浮かんでくる。それは天河館の敏子だった。その哀しみややりきれなさに苦しみながらも、敏子や秀美の前で事件の謎を解明する浅月。敏子は和鷹の実母だったのだ。生後間もない和鷹を宗家にするという約束で水上家に奪われた敏子は、その証しにと『五十鈴』をもらうが、そのことを中学時代の同級生だった川島に知られ、脅された敏子は、和鷹を思うあまり殺してしまったのだ。さらにそのことによって「和鷹を宗家には出来ない」と言った高崎をも殺してしまい、その殺意は和憲へと向かっていく。ところが、和憲の踏むはずだった舞台を和鷹が踏んだことによって、実の子を殺してしまうことになった敏子は、天河神社で行われる薪能の夜、自殺してしまうのだった。