すべては新しい人生という祭りのための準備
ネタバレ
高知県のある海辺の村を舞台に繰り広げられる奔放な村人の群像劇。
楯男は村の信用金庫に勤めているが、東京に出てシナリオライターになるのが夢。身の回りのものから題材を探そうとするが、彼の周りには欲情した男と女の話しかない。
楯男の父親清馬は女遊びが激しい男で、母のときよはそんな夫に愛想をつかしており別居状態である。その反動からか楯男を異常なまでに溺愛しており、側から離したがらない。楯男の家には祖父の茂義も同居しており、東京へ行くという夢はなかなか叶えられそうもない。
そんな彼の夢を知っているのが彼が片想いをしている涼子だ。しかし「うたごえ運動」に夢中で、左翼的な思想に感化されつつある涼子に対してなかなか距離を詰めることが出来ないでいる。
ある夜隣家に住む中島家の長男貞一が窃盗容疑で捕まる。弟の利広もごろつきで楯男も良く彼に絡まれているが、貞一が不在となると兄に代わって兄嫁の美代子を抱くようなとんでもない男だ。
中島家にはタマミという娘がいたが、大阪でヒロポン中毒になり正気を失って戻ってきた。
誰彼構わず色目を使うタマミに、村の男たちはこぞって毎晩夜になるとタマミと浜辺で関係を持つ。
涼子との仲を発展させられない楯男は、たまらず浜辺へ向かいタマミを抱くが、何とそこに現れた祖父の茂義に寝取られてしまう。
素っ裸のまま叫びながら浜辺を走り回る楯男の姿が衝撃的だ。
やがてタマミは茂義の子供を孕む。清馬と同じく好色な茂義の姿に、村の人々もときよも呆れ果てる。しかしタマミの世話をしながら一緒に暮らす茂義の表情は何とも幸せそうだ。
だがタマミは出産すると正気を取り戻し、側に寄ろうとする茂義から逃れようとする。
赤ん坊を抱きながら逃げ回るタマミを追いかけ回す茂義の姿は完全に狂気だ。絶望のあまり茂義は首を吊って自殺する。
清馬は愛人のノシ子と同棲していたが、突如彼女は病死する。帰るところがなくなった清馬はときよの元へ戻ってくるが、ときよは彼と暮らすことを承知しない。
ここが東京へ出るチャンスとばかりに楯男は母親に、自分がこの家を出ていくから父親と仲良く暮らしてくれよと頼む。
結局ときよが選んだのは、もう一人の愛人市枝の元に清馬を引き取ってもらえないかと頼むことだった。自分の夫を愛人によろしく頼むというのは何とも滑稽なシーンだ。
楯男との間に距離が出来てしまった涼子だが、過去の過ちを謝罪した彼女は、初めて自ら楯男を強く求めてきた。ついに恋心が叶った楯男だが、ある宿直の夜に突如彼の寝床に現れた涼子に戸惑う。
彼は涼子を受け入れるが、気がつくと部屋に何故か火の手があがっていた。ボヤで済んだが、信用金庫の仮眠所に女性を連れ込んだとして彼は叱責を受ける。
気がつくと涼子への愛も薄れている。ときよは最初から楯男と涼子が一緒になることには反対していたが、彼が涼子とはもう二度と会うことはないと宣言するのを聞いて安心する。
しかしそれは楯男が東京へ出ることを決意をした証明でもあった。すっかり正気を取り戻し綺麗になったタマミに、赤ん坊が楯男に似ていると言われドキッとする楯男だが、それでも東京へ行く決意は変わらなかった。
彼は母親に何も言わずに出ていく。鳥籠の中からメジロを逃がすシーンは印象的だ。
彼が東京行きの列車を待っていると、強盗殺人の容疑で追われている利広が現れ、彼に金を要求する。
悪いところで会ったなと楯男に詰め寄る利広だが、楯男は潔く彼に金を渡す。そして自分が東京へ出る決意をした話を彼にすると、何故か利広は金を楯男に返す。東京へ行けば金が必要になる、受け取るわけにはいかないと。
楯男に励ましの言葉をかけた利広はバンザイをして彼を送り出す。
色々ととんでもない人物ばかり登場するし、楯男から漂う何とも言えない小物感にあまり好感を持てなかったのだが、観終わった後にはじんわりと心に響くものがあった。
愚かではあっても全力で生きている彼らの姿にいつの間にか心を動かされていたのだろう。
竹下景子の初々しさや、茂義役の浜村純の悲壮感がとても良かった。