ボスポラス海峡の演奏がトルコ民話の吟遊詩人のような効果
原題"Gegen die Wand"で、壁に向かっての意。
ドイツのトルコ移民の男女二人の恋物語で、前半は北ドイツの港湾都市ハンブルク、後半はトルコの中心都市イスタンブールが舞台となるが、途中イスタンブールのボスポラス海峡でのトルコ音楽の演奏シーンも入り、背景や文化の説明不足もあって、トルコ人の移民事情に疎い者にはわかりにくい、ドメスティックな作品になっている。
本作で一番面白いのはボスポラス海峡の演奏シーンで、遥か遠くのドイツに渡った男女の悲恋を語る、トルコ民話の吟遊詩人のような効果を生んでいる。
歌っているのはイスタンブールのアジア側で、ボスポラス海峡の対岸に見えるヨーロッパを背景に、分断ないしは融合された二つの文化の「壁に向かって」に生きるトルコ人を、ドイツで暮らす移民に重ねる象徴的なシーンとなっている。
物語は、ハンブルクに住む妻と死別した中年男ジャイト(ビロル・ユーネル)が自棄になり、原題通りに車を壁に激突させて自殺を図るところから始まる。
鞭打ち症だけで助かったジャイトは、病院でリストカットした若い女シベル(シベル・ケキリ)と知り合うが、ジャイトがトルコ人と知ったシベルにいきなり結婚してほしいと叫ばれる。
さてはプッツン女かと思いきや、敬虔なムスリム家庭で抑圧されたシベルは、自由を手にするには結婚しかなく、ムスリムのトルコ人なら親も許すと考えている。酒と薬に溺れる世俗派のジャイトにムスリムのふりをさせ、強引に偽装結婚に持ち込む。
以下、ただの同居人のはずだった二人が恋に落ちるという定型を踏み、酒と薬とフリーセックスの自由を謳歌するシベルに嫉妬したジャイトが、彼女のボーイフレンドを殴殺。ジャイトへの愛に気づいたシベルが、出所するまで待つという約束をしてイスタンブールで真面目な暮らしを始めるが、一人に耐えきれずに結婚してしまう。
出所したジャイトがシベルを訪ね、駆け落ちを持ちかけるが、今の生活が捨てられないシベルはバスターミナルに現れず、一人故郷メルスィンに帰って行くという、故郷に帰るトルコ移民の哀しい恋物語で終わる。
ラストでシベルが自由を得たのかどうか、ムスリムの暮らしに戻ってしまったのか曖昧で、センチメントに流れているのが惜しい。
二人の会話に出てくるトルコの地名がわからないのも背景の理解を妨げている。