「ターミネーター」や「タイタニック」など、ハリウッドの大作映画を何本も手掛けてきたジェームズ・キャメロン監督による最新SFアクションです。彼は3D技術をはじめとする最先端の映像テクノロジーを駆使し、また物語上の舞台となっている惑星の風景や生き物たち、そして先住民と彼らが話す言語に至る全てのデザインの創造に自ら関わり、今まで見たこともないような新しい世界を構築してみせたのでした。
この映画は予告編がかなり前から流れていました。最初は、人類が異星人とリンクする技術を持って宇宙に出かけてゆくというもので、もしかしてこれは「マトリックス」の宇宙版かしらん?という印象を持ちました。公開直前に流れた予告編は、異星人とリンクした主人公が、宇宙開発に関わり、先住民との戦いに身を投じるというもの。その過程で主人公は自らの大義に疑問を持ち始めるのですが、そのあたりはかの「ダンス・ウィズ・ウルブズ」を思い起こさせるのでした。そして実際に見た印象ですが、この映画、前述した2作のほかにも宮崎駿の「もののけ姫」などの影響もかなり受けていることがよくわかります。なお、このことは、さまざまな映画評論で論じられていますので、今更ながら細かく語る必要はないと思います。
さて、この映画の中で一番のテーマはもちろん、資源という名の莫大な利権を得るための侵略戦争にあるのですが、あの同時多発テロ以降続くテロとの戦いの中で、ハリウッド映画はずいぶん変わってきたなぁと、感慨深いです。ただ、この問題については今更なにを言わんや、という気持ちも正直いってあります。
その分、私としてはこの映画が描くエコロジーについて考えさせられました。特に、この映画に登場する科学者たちの存在が私にはとても興味深いものでした。シガニー・ウィーヴァー(久しぶりにその顔を見てうれしくなった)演じる女性科学者は、舞台となる星パンドラの自然に大きな価値を見出しています。その価値とは生物学的なもので、つまり彼女は科学者の立場からパンドラの自然破壊に反対の立場を取っています。物語のクライマックスで、傷を負った彼女は「もののけ姫」で言えばシシ神みたいな存在に当たる神秘的な大木のそばに連れて来られるのですが、その時に彼女の言った言葉は「サンプルを取れないかしら?」でした。まぁ、この場面は深刻な状況でもなおユーモアを忘れないアメリカ人気質と受け取れないこともないのですが、一方ではアメリカ人(ばかりとは言えないが)の思考回路は、それが実利的なものであれ学術的なものであれ、「価値があるかないか」が全ての判断基準になっていて、そこには自然への敬意とか畏怖とかいう感性は入る余地がないのだなぁ、という印象を持ったのでした。
そうした意味でこの映画、到底「もののけ姫」の精神レベルには程遠い作品なのであります(まぁ、この感じは日本人にしかわからないでしょうけれど)。一方でキャメロン監督が創造した今まで見たこともない世界を、椅子に座っているだけで体感できる素晴らしさは格別です。それは戦争で車椅子生活を強いられている主人公が、アバターにリンクした時だけ飛んだり跳ねたり走ったりと、自由を体感できる感覚に重なってゆきます。人間の世界と異星人との間を行き来する主人公は、パソコンの前でバーチャルな世界にハマる現代人に重ね合わせることも出来ます。バーチャルな世界だって素晴らしいところならそれはそれでいい、というのは、同じくパソコンや映画が大好きな私には大いに共感できるところでもあります。
ところで私は、本作が3Dの初体験でした。はじめはそのメガネの重さに抵抗があり、また画面が暗いのも気になったのですが、立体的で奥行きのある映像を確かに肌で感じることが出来たのには驚きました。でもその新鮮な驚きも最初の30分位まで。その後はすっかり慣れてしまい、終わるころには当たり前になってしまいました。そんなふうですから、メガネ代が別料金(300円)というのはちょっと高いのではないかと思ったのですが…。
(2010/1/12 記)