ラース・フォン・トリアー
|Lars von Trier| (脚本/監督/原作/出演/製作総指揮)
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本名 |
- |
出身地 |
コペンハーゲン |
生年月日 |
1956/04/30 |
没年月日 |
- |
略歴▼ もっと見る▲ 閉じる
【ラジカルな精神と挑発的な表現を貫く異端の完璧主義者】デンマーク、コペンハーゲンの生まれ。進歩的左派に傾倒する無神論の両親のもとで育つ。遺伝子上の実父は芸術家の因子を求め別人であったなど、人格形成期の家庭環境が大きな影響を与えたという。少年期より8ミリ映画を撮影し、コペンハーゲン大学を経て1983年にデンマーク映画学校を卒業。在学中の短編や卒業制作作品は映画祭での受賞も果たした。84年、国立映画協会の資金援助を受け、セピア調の色彩で頭脳派連続殺人を描いた「エレメント・オブ・クライム」で公式にデビュー。カンヌ映画祭の高等技術院賞を受賞し、カール・T・ドライヤー以来のデンマークの逸材として、その名を世界に知らしめた。以後も「エピデミック」(87)、「キングダム」(94~97)といったテレビ作品の劇場公開を挟みつつ、明確な路線意識を持った野心作が続く。第二次世界大戦後の西欧の不安を描いた「ヨーロッパ」(91)や、異色の恋愛劇「奇跡の海」(96)はカンヌで受賞を果たし、ヨーロッパを代表する監督のひとりとなった。92年に製作会社を共同で設立。95年にはトマス・ヴィンターベア監督とともに“ドグマ95”の映画原則を提唱し、セット不使用、手持ちカメラ、効果音不使用など技術的ミニマリズムの10項目を唱えたこの映画運動が広く映画界に波及した。2000年、歌手のビョークを主演に据えた「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でカンヌのパルムドールを獲得。さらに03年の「ドッグヴィル」ではハリウッドスターを多く起用、不寛容をテーマに独特の物語を展開した。近年では「Antichrist」(09)の過激な性描写が物議を醸している。【加速し続ける異端的精神】ドライヤー以後、世界的映画作家を輩出しえなかったデンマーク映画も、80年代になって国際的映画賞作品が現われると同時に、国立映画学校出身の新人群が台頭する。トリアーはその新世代の旗手。ただし言語は英語を多く使用、海外俳優を起用し舞台も国外がもっぱらで、作風でも当時のデンマーク映画とは切り離されていると、実験的な無国籍性が処女作の段階から指摘されていた。ドグマ95の提唱は、厳密を極めない範囲では世界的に普及する映画手法となり、特にこれに依ったデンマークの新進作家を世に知らしめた点で多大な成果を残した。また自身の唯一のドグマ作品である「イディオッツ」(98)の直接的な性描写は、同様の映画を各国で連鎖的に生み出したとの指摘もある。主軸の作品は自ら三部作に分類し、それぞれで実験的な試みを施した。「エレメント・オブ・クライム」「メディア」(88)、「ヨーロッパ」が西欧のトラウマを主題とする“ヨーロッパ三部作”、「奇跡の海」「イディオッツ」「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は純粋な精神をドグマ風味で描く“黄金の心三部作”、極端な簡略舞台による「ドッグヴィル」「マンダレイ」(05)は中断した“機会の土地・アメリカ三部作”。アメリカ的ジャンル映画から出発した作風は反ハリウッドの姿勢を強め、風刺的喜劇や過激描写に回帰した近作でも、挑発的表現を求める異端の精神は衰えていない。
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