松坂慶子
|Matsuzaka Keiko| (出演/音楽)
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本名 |
- |
出身地 |
東京都大田区の生まれ |
生年月日 |
1952年7月20日 |
没年月日 |
- |
略歴▼ もっと見る▲ 閉じる
東京都大田区の生まれ。1960年、小学校2年生の時に“くるみ児童合唱団”に入り、中学3年生だった67年には劇団ひまわりに入団。同年、NET(現・テレビ朝日)の子供向けドラマ『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』でテレビに初出演する。69年、スカウトされて大映の帯盛迪彦監督「ある女子高校医の記録/続・妊娠」で、女子高生のひとりを演じて映画デビュー。70年に大映東京撮影所へ入社し、不良学生の生態を描いた風俗映画に連続して出演する。翌71年、主演に予定されていた渥美マリが役を降りたことにより、代役として「夜の診察室」に主演。これによってお色気新人女優として売り出されたが、同年12月に大映が倒産。72年に松竹に移籍して、清純派女優へとイメージチェンジを計る。その一方で、NHK『若い人』のヒロインを演じて注目を集め、72年度の製作者協会新人賞、ゴールデン・アロー賞新人賞を受賞。73年にはNHK連続テレビ小説の映画版「藍より青く」でヒロインを演じたのを皮切りに、5本の映画で主演または助演。特に加藤泰監督の大作「宮本武蔵」で演じた武蔵の許婚・お通は、好印象を残した。同年にはNHK大河ドラマ『国盗り物語』で主人公のひとり、織田信長の妻・濃姫に扮して全国的な人気を得る。その後も映画や、TBS『白い滑走路』74、『江戸を斬るⅡ』75などのテレビドラマで着実に演技力を身につけ、78年、野村芳太郎監督「事件」で、大竹しのぶ演じる妹とひとりの青年を争い、愛憎関係の果て青年に刺殺されるスナックのママを体当たりで演じて、大きく飛躍した。78年のNHK大河ドラマ『草燃える』を経たのち、79年には五木寛之原作のTBS『水中花』に妖艶なバニーガール姿で主演。自身が歌った主題歌『愛の水中花』も大ヒットした。80年の山根成之監督「五番町夕霧楼」では全裸シーンを披露。81年、蔵原惟繕と深作欣二が共同監督した「青春の門」で気丈な主人公の母親を演じ、続いて「男はつらいよ・浪花の恋の寅次郎」のマドンナ役にも抜擢される。この2作により、ブルーリボン賞、報知映画賞、日本アカデミー賞の主演女優賞などに輝いた。翌82年、深作欣二監督がつかこうへいの戯曲を映画化した人情コメディ「蒲田行進曲」にヒロイン・小夏役で主演。この演技でキネマ旬報賞、毎日映画コンクール、日本アカデミー賞の主演女優賞に加え、ゴールデンアロー賞大賞映画賞も受賞する。その後は、深作欣二監督と「上海バンスキング」84、「火宅の人」86、「華の乱」88(山路ふみ子賞女優賞)、藤田敏八監督と「波光きらめく果て」86、山田洋次監督と「キネマの天地」86で組むなど、名実ともに映画女優のトップに躍り出た。90年、小栗康平監督の「死の棘」では岸部一徳と切実な夫婦の愛を演じきり、キネマ旬報賞、毎日映画コンクール、報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞、日本アカデミー賞の主演女優賞を総なめに。同年、ミュージシャンの高内春彦と結婚。一時期、夫とともにアメリカに移住するが、帰国して活動再開後は、三池崇史監督のミュージカル・ホームコメディ「カタクリ家の幸福」02や、森田芳光監督による幕末のホームドラマ「武士の家計簿」10といった映画に母親役で助演する機会が増える一方、「さくや妖怪伝」00ではコスプレをして巨大な妖怪を演じるなど、常に新たな役へのチャレンジ精神を失わない。04年の奥田瑛二監督「るにん」では島流しになった花魁を演じ、久々に美しい裸身も披露している。ほか、毎日映画コンクールの女優助演賞を00年と08年の二度受賞。09年に紫綬褒章も受章している。テレビドラマはほかに、NHK『ゲームの達人』00、『夏の日の恋/Summer Time』02、『麻婆豆腐の女房』03、『義経』05、『篤姫』08、『ゲゲゲの女房』10、『マドンナ・ヴェルデ/娘のために産むこと』11、TBS『太陽の季節』02、テレビ東京『パートタイム探偵』02・04、フジテレビ『人間の証明』『マザー&ラヴァー』04、テレビ朝日『熟年離婚』05など多数がある。
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