両親を失った16歳のマヌエラは寄宿舎に送られた。彼女の父は名誉あるドイツの将校であった。だからマヌエラはそうした立派な父の名に恥じむように凛々しく勇気と名誉とを以って辛苦に耐え悲しみにも抗して強き未来のドイツの母となる修養をつまねばらなぬ。これが彼女の伯母の意見であった。それが同時にこの寄宿舎の鉄則でもあった。強きドイツの母たるために、厳しきドイツ帝国の栄誉の為にそうしてこの寄宿舎に於いては寄宿生達はみな制服を着せられ規則に縛られて塞息していた。が、彼女たちは十七の乙女達であった。彼女達は生きたかった。彼女達は人の愛が欲しかった。そうした彼女達にとっては女教師のフォン・ベルンブルクのいることが唯一の生甲斐を感じることであった。フォン・ベルンブルクは彼女たちに規則を説いた。が、その裏にはいつも優しい心が動いていた。生徒達の中でフォン・ベルンブルクに美しい愛の心を捧げた者が幾人いたか知れなかった。マヌエラもその一人であった。愛に飢えた彼女は一筋にフォン・ベルンブルクを慕った。それは、女ばかりのいるこの小さな世界において咲いた秘密の花であった。フォン・ベルンブルクはこうした乙女の一途心が何処に落ちていくかを知っていた。が、彼女とてもマヌエラのひたむきの愛、というよりは恋、に引きずられている己をいつしか見出していたのである。軍国主義の鉄の力で押えつけられていたこの寄宿舎は、表では灰色と陰気な顔つきをしていたが、内ではこうした愛の息吹が燃えていた。そして又、明日を破ろうとする今日の心が次第に力を持上げていた。そうしているうちに一年に一度の校内の演芸会が来た。マヌエラは若い騎士に扮してフォン・ベルンブルクの瞳を全身に感じながら力の限りに芝居をした。その晩の会で芝居の成功と酒に酔った彼女は今はフォン・ベルンブルクに対する彼女の心を包み隠しおおせず、皆の前でそれを叫び立てた。それはこの厳しい寄宿舎にとっては許しがたい醜事であった。マヌエラは監禁せられた。ついで退校と決った。彼女はフォン・ベルンブルクと別れるくらいなら死ぬ方がいいと思った。寄宿舎は高い建物であった。マヌエラは、高い階段の上から下の石畳をめがけて飛降りようとした。が、その時、朋輩の乙女達が駆けつけた。マヌエラ。マヌエラを救え。新しい生命は一つの団となってたったのだ。マヌエラは救われた。フォン・ベルンブルクの前に老校長の頭は下った。軍国主義が敗北したのだ、杖にすがってよろめく老校長の影は薄れていた。