松本霧子は今年二十七歳、伊豆山麓の田舎に生れたが、その少女時代はちょうど戦争中で、父の善作は出征軍人だった。留守宅には、何時もガミガミとうるさい継母と病気がちの祖父、それにまだ幼い三人の義妹が同居していてそんな複雑な家庭の空気が、彼女の性格をひねくれたものにしていた。小学校でも、担任の先生や級友たちが何か事ある毎に彼女を白眼視して、霧子は一層依怙地に振舞う少女になっていた。終戦になり父は復員して来たが、下田へ大工仕事で出かけたきり。霧子は中学を卒業すると、伊東、熱海など温泉旅館を女中として転々と働き歩いた。伊東で働いている時、彼女の器量を見こんだ年増芸者のお花から、芸者になることを進められたりしたが、常客の影山幸二郎を頼って東京のバーへ出て働くことになった。霧子は一年程前から、店に通ってくる宇佐見という年下の男に心を惹かれていた。その宇佐見が金欲しさのために、殺人を犯し霧子のアパートに逃げて来た。霧子は自分を頼る宇佐見をみて、一緒に死んでやることにした。霧子はどうせ心中するなら生れ故郷の伊豆--下田の先の石廊崎で死にたいと思った。霧子は金を都合する関係上、宇佐見を先に下田へやり、霧子は故郷へ向った。しかし、村では霧子が殺人犯の情婦として、噂されていた。金策の工面に立ち寄った田村一夫の家で、霧子は本能的に不穏な気配を感じて山へ逃れた。村の名誉を汚がした霧子を、村の手で補えようと昔の級友だった嘉十を先頭に山狩りが始まった。雑木林のなかで霧子を発見した嘉十は、その瞳をみつめているうちに、昔マラソンの時応援してくれた幼時の霧子の面影を思いうかべた。とっさに嘉十は霧子を逃してやった。その頃、宇佐見は霧子の名を呼びながら、石廊崎の断崖から身を投げていた。霧子は最後まで自分を頼りにして死んで行った宇佐見を思い、かわいそうな宇佐見のために泣いてやるのだった。