◇第一話・花の巻・明治三十二年、二十二歳の春を迎えた紀本花は紀州有功村六十谷の旧家真谷家に嫁いだ。夫敬策は二十四歳の若さで村長の要職にあった。婚儀は盛大なものだったが、花を好いていた敬策の弟浩策はうかぬ顔たった。翌年の春、ようやく真谷家の家風に慣れた花は妊った。そして花は、実家の祖母豊乃に教えられて慈尊院へ自分の乳房形を献上し、安産を祈った。紀ノ川が台風に荒れ狂う秋、長男政一郎が産れた。長男穣生の報に喜んだ敬策は紀ノ川氾濫を防ぐ大堤防工事を計画するのだった。日露戦争が始まった年、浩策は持山全部をもらって分家し、敬策は県会議員に打って出ようと和歌山市内に居を移した。やがて花は、日本海海戦大勝利の中で長女文緒を産んだ。 ◇第二話・文緒の巻・十七歳の文緒は和歌山高女に学び、新時代に敏感な少女に成長した。そして、新思想の教師が追放されると学校当局と派手に渡りあったりして花を嘆かせた。東京女子大に進学した後も、男女平等を標榜しカフェに出入りしたり、「女権」という同人雑誌の編集に参加したりして敬策や花を心配させた。文緒には真谷家という家門や昔風の美徳に生きる花に対する反撥があったのだ。卒業後文緒は同人仲間の晴海英二と結婚した。晴海は日本正金銀行の社員で家柄もよく、二人の結婚は花や敬策の望むものでもあった。昭和初年、真谷敬策は中央政界に進出した。一方、夫の転勤と共に上海に渡った文緒は生後間もない長男を失い、二度目の出産のため日本に帰った。文緒はすっかり変っていた。以前はことごとく花に反撥した彼女が、花とともに乳房形を作って慈尊院へ詣でるのだった。昭和七年、文緒は長女華子を生んだ。そして大戦が始まる少し前、長年政界にあった敬策が急逝した。花の表情はうつろだった。そんな花を見て、文緒は華子に、真谷家の明治・大正時代がこれで終るのだとささやくのだった。花は真谷家を守ろうと六十谷へ戻った。やがて華子が花のもとに疎開してきた。華子は母と違って琴や古い道具を好み、花に可愛がられた。華子が空襲で炎上する和歌山城を眺めていると花は、和歌山は燃えても華子の祖父の事業は残っている、というのだった。終戦を迎えて真谷家は地主の地位を失った。そして、文緒は今では世間の常識を身につけた中年女性になっていた。夏の日、古くから家に伝わる道具類を虫干ししている時、真谷家のために生きた花、家風に反抗した自分、真谷家に素直になじんでいる華子と、三代にわたった母娘のことを感慨深く思うのだった。ある日、敬策の何回目かの法事を迎えた花は突然、真谷家の家財を売り払い、盛大な法事を開く。文緒は花の人間復活だと喜んだが、翌日花は脳溢血で床についた。そして、晩春のある日、守り神の白蛇が死んだと同時に花もその生涯を閉じた。明治、大正、昭和と三つの時代を生きぬいた花の臨終だった。