鎌倉に住む老作家の江口は、友人の木賀と福良に“眠れる美女の家”を教えられ、時々そこを訪ねていた。老人たちは、深く眠って目を覚まさない少女と一晩を明かし、少女の正体を知らないまま、翌朝、その家を去るのだ。老人たちは、眠ったままの少女の裸体を前に、老いの絶望に駆られ、あるいは心のやすらぎを求めたり、青春の悔恨にひざまずいたりした。江口にとって少女は、過ぎ去った青春の日々を思い起こさせる存在であった。初恋の少女と引き離されて数年後に、別の男と結婚したその女が自殺したこと、人妻と不倫を働いたことなどが思い出されるのだった。江口には結婚適齢期の娘美子があった。会社勤めの美子は、同僚の吉田と樋口の二人と親しく、結婚の相手としてどららとも決めかねていた。江口はある日、美子から、彼女が樋口に暴力で身体を奪われたこと、そのため、樋口が嫌いになり吉田と結婚するつもりであることを聞かされ、父親として心配した。吉田に会った江口は、彼がすべてを知りながら、美子を愛していることを知って安心した。江口は吉田の明朗闊達な態度に好感を持つと同時に、美子の身体と共に心を奪えなかった樋口に歯がゆさを覚えるのだった。樋口を叱る言葉には、一人の少女を死なせた自分自身への憤りがこもっていた。そんな時、福良老人が、“眠れる美女の家”で死んだ。つづいて木賀老人もその家で頓死した。その翌日、“眠れる美女”の家を訪ねた江口は、この家に通い始めて三度目の、死んだように眠る少女の胸に、老人たちが断末魔のあがきで残した爪跡を見て慄然とした。やがて、美子と吉田の結婚式が挙げられ、江口は式を終えて旅発つ二人を見送ってから、ひとりで海岸に出た。その時、無人のハイウェーを一台のオートバイが猛スピードで走って来た。それが、あの第三の少女と知った江口は、茫然と立ちつくすばかりだった。