上村幸子は医師だった主人が戦争で生死不明のまま帰らないので、自宅の診療室を上村の後輩小宮に貸し、「小宮健康相談所」を開かせている。家族は一人息子の信一、妹の絹子。幸子じしんは友達の経営する料亭「浜村」に病気の女将の代りで働いている。その「浜村」へ来つけの新聞記者岩谷がある日、作家香山善吉をつれてきた。かつてはその才能を嘱望されながらも、戦後の混乱期に神経をすり減らし、加えて最愛の妻の病気などあって絶望、作品的には完全なスランプに陥っていた香山。岩谷の社の連載小説の締切りも延ばしのばして、しかも一筆も下せないでいる。その彼の焦躁に充ちた眼に幸子の優しくうつくしい姿は、なにか一縷の光明のように映った。幸子とてもこの純粋な芸術家の苦悩には同情をいだいたし、何くれとかしずくその心使いが、愛のあらわれ、といえぬこともなかった。香山の恋情ははげしくなった。一方、経済雑誌の編集員妹の絹子は姉とはうらはらのアプレ女性。自分に熱をあげている証券会社の若手社員澄田を利用して入手した株の情報を、銀行重役富山に流し、その歓心を買っている。彼女の美貌に迷った富山は、結婚を決意、幸子に相談するがむろん彼女は反対であった。富山が全財産を現夫人に残して離別するとしった絹子は、もともとが財産めあてだけに失望し、とあるバアで自棄酒をあおる。同じバアに、岩谷を介して幸子に求婚、断わられた香山も来合せ、したたか酩酊した両人は「浜村」へおしかけて幸子を詰る。酔いつぶれた香山を鎌倉の寓居まで送ろうと心痛みつつ、列車にのった幸子は、「富士山に登るのだ」と狂気のようにむずかる彼につられて夜半の富士に至る。凄い雷雨であった。払暁嵐は去り、山頂でのご来迎は荘厳をきわめる。光りをあびて香山はこれだ、これを書くのだ!と絶叫した。幸子の眼からもさんさんと涙がおちた。--数日後。新聞に香山の小説が連載されはじめ、かたわら幸子、信一、そして今は常軌に戻った絹子の前にもましてつつましい、水入らずの生活かつづけられていた。