戦後四年の早春。りよは今日も下町の工場街を茶の行商をして歩く。彼女はまだシベリヤから還らぬ夫を幼い留吉と共に待っていた。とある鉄材置場の番小屋の男鶴石は親切だった。彼女を火にあたらせ、茶まで買ってくれた。彼はシベリヤの復員者だった。二人は身上話をしながら一緒に弁当をつかった。りよは幼友達きくの二階を借りている。きくは療養所の夫のため闇の女をしている玉枝へ部屋を貸し、客の世話をしてその上前をはねていた。きくはりよにもそういう商売をしたらと持ちかけてくる。翌日りよは留吉を連れて行商に出た。三人分のおかずを買い鶴石の小屋を訪ね、三人は楽しい昼飯を食べた。留吉は彼によくなついた。その夜、おきく夫婦と玉枝は売春の疑いで警察に呼ばれた。鶴石の休日に、浅草へ遊びに行った帰途、激しく雨に降られ、三人は小さな旅館で休んだ。夜半、鶴石が彼女にささやきかけてき、抱こうとした。「いけないわ。わたし、シベリヤのことを考えるのよ」男はぎくりとし、そのまま動かなかった。一瞬りよの心は崩れ、りよの方から男の首を激しく抱いた……。翌朝、鶴石は固く結婚を約束した。夫の死目に会えず、一人骨壷を抱いて故郷へ発つ玉枝を見送った翌日、りよ親子は鶴石の小屋を訪ねた。小屋には見知らぬ男達が集り、なかを片づけていた。神棚にはお燈明が上っている。男達は彼女に鶴石の死を告げた。前日、大宮から鉄材運びの帰途、トラックもろとも河に落ちたという。りよは声も出なかった。「りよどの二時まで待った」黒板に鶴石の字で書いてあった。小屋を出たりよは噴き出る涙をそのまま、留吉を連れ、川風に吹かれながら、とぼとぼ土手を歩いて行った。