売れない小説を書いてアパート内の笑い者にされている丸木文夫は混濁の世の中を立て直す「偉大なるX」を信じて、同じくこのアパートに転がりこんできた貧乏画家の裕吉とともにX運動をはじめるが、どこへ行っても狂人の寝言として相手にされない。管理人の娘の千代とダンサーに食わせてもらっている失業者の松下だけが文夫の説を支持したが、あとは「犯罪のない社会」も「平和国家」も信ぜず混濁の世の中に混濁の生き方をつづけて行こうとするものばかりだ。放送局の街頭録音に登場したことから「偉大なるX」は新聞種となり、これに対抗する怪盗Xなるものも東京に現われて、両極端に立つ二つのXはセンセイショナルな話題となった。文夫はX氏を自分の方から誘い出そうとして日比谷でX氏講演会をひらくことにした。警察では空想の人物で世の中をまどわすものとして文夫たちを召喚し、精神病者と鑑定されたが、独房で文夫と語って何ものかを感じた署長の計らいで釈放され、予定の如く講演会は開かれた。「偉大なるX」を信じるものとちょう笑する者の大群衆に取りまかれた日比谷に刻々と開会時間は迫る。--と、定刻、偉大なるX氏は万雷の拍手のうちに出現、敗こ日本の立て直しは日本人個々の胸のうちにある「偉大なるX」の発揚にあると絶叫し、多大の感銘のうちに降壇、いずくともなく消え失せた。一方この会場へX氏の精神運動を笑わんとして来た怪盗Xは警官隊に捕えられる。その夜、文夫と千代は語った。「偉大なるX氏は署長だったんだね」「だれでもいいわ。偉大なるXはみんなの胸に生まれて育ってゆくもの」。やがて偉大なる首途の朝が二人の前に、いや混濁の世の中に訪れてくることだろう。