回転する十台の印刷機、植字場の組台、文選場の高いケース、解版場では女ばかりが働いている協和印刷場、早く母親をなくし病労の父と幼い弟妹の大黒柱として、陽子の細い指先はこの解版場で何年となく錬えられた。文選に働く陽子の恋人周平が仲介人を通して正式に結婚を申込んできたときも父親の源造は返事に困るほど生活に窮していた。結婚しても陽子は現在のまま働いて、月に千五百円実家にみつがなければならない。古い考えをもつ周平の姑と一つ家に暮すようになった陽子の「嫁」としての立場は並大抵のものではなかった。しかし生活に苦しむ実家のためにもまた熟練した仕事をすてたくないという執着がますます陽子を強くさせるのだ。その陽子の唯一の立場も突然あたらしい機械の購入で女子は解雇されるのではないかと危ぶまれているとき、源造は仕事をクビになり仕送りを、もう五百円増してくれといってきた。何も知らぬ周平はすでに妊娠している陽子をこれを機に辞めさせようというし、陽子の立場は苦しかった。会社側は女子に無理な文選を男子と一緒にさせ、つまり不可能な職場転換で自然とう汰を待つという態度だった。職場大会が開かれ転換については男子側の反対にもかかわらずほとんどの女が文選を申し出た。周平一人は反対した、その晩陽子はそっと子供をおろそうと薬を飲んだが、それはことなく無事にすみ、周平は陽子の熱意に工場通いを承認した。やがて女文選たちの血のにじむような努力は実を結び立派な技術者となってゆく。もちろん陽子もその一人だった。しかし仕事がはげしくなってきたある日、事件が起った。子持の咲子が仕事中の知らぬ間に背中の子供が冷たくなっていたのである。泣き叫ぶ咲子の声、それは同じ労働者にとっては他人事ではなかった、ことに妊娠中の陽子を働かしている周平には、驚愕すべき大事件だった。周平は工場主の大貫にせまった「働くために子供を犠牲にしなきゃならないあの女の泣き声が聞えないのか」周平の声はふるえていた。--幼き者の死の抗議なのだ--周平の家に光がおとずれた。産前産後の有給休暇、出産手当二千円、託児所の設備も出来た。そして「日本の女の明日の歴史」も陽子の将来も皆が力を協せてこそ始めて明るい希望にみちた生活がおとずれるということを。