アウグスト・シルラーはアメリカ中部のミルウオーキーのある銀行に20年間勤続し今では出納係を勤めるようになった。彼には善良な妻と6人の子供たちがあって、平和そのもののような生活をしていた。アウグストは堅義なクリスチャンで、理想的な父親であった。忠実な良人であり、勤直な勤め人であった。ある時彼は銀行の頭取から巨額の有価証券をシカゴへ売りさばきに行くように命ぜられた。彼は新婚旅行以来乗ったことのない汽車に乗ってシカゴへ向かった。その汽車中で彼は年甲斐もなく魔性の女に心を惹かれ、シカゴに着いてから女に進められるままに自慢の髭を剃り落とし、若返った気持ちでその晩は職務を忘れ家を忘れて女と歓楽に耽った。そして彼が酔から覚めた時には大切な有価証券が悉く盗まれてしまった。彼は女のいる酒場へ行って返してくれと頼んだが無駄だった。その上彼は無頼漢に殴り倒されて気絶した。無頼漢は彼を鉄道線路へ運んで彼の持ち物全部を盗んだ。その時蘇生したシルラーは無頼漢と格闘し投げ倒した刹那通過した汽車のために無頼漢は轢死してしまった。3日3晩歩き回った末彼は新聞にアウグスト・シルラーが轢死したと報じあるのを読んだ。彼は帰宅すれば家族の不名誉てとなるのを恐れ家無く名無き男となった。十数年後彼は息子が提琴家となってある劇場に独奏会を開くと知って、息子の演奏を聴き涙に呑んだ。クリスマスを迎えに息子が帰郷するのを知った彼は故郷へ帰り墓参りをして2人の息子が欧州大戦に戦死したことや自分が職のために死んだことが記されていた墓標を見て感慨無量の思いをした。クリスマスの前夜シルラーは窓越しに息子や娘や年老いた妻の姿を眺めて立ち去り兼ねていた。警官が怪しんで彼を拘引しようとした時彼の息子は父と知らず助けてやった。父子の名乗り合いもできず彼は降りしきる吹雪の中をどことなく去って行った。