魂だけは売り渡さない

利用されるだけで不遇の毎日を過ごす弁護士のリタに、突如大金持ちにさせてやるという謎の男からの電話が入る。
彼女が指定された場所へ出向くと、背後から黒い布を被せられ、無理やり車で連れ去られてしまう。
気づくと目の前には麻薬王のマニタスの姿が。
彼は女性としての新たな人生を用意して欲しいと彼女に驚くべき依頼をする。
彼は愛する妻や子供たちや地位をすべて捨てる覚悟だった。
かくしてリタはマルタスの望みを叶えるべく世界を飛び回る。
彼の妻ジェシーと二人の子供は危険が及ばないようにスイスに送られる。
そしてジェシーはテレビのニュースでマルタスが殺されたことを知る。
一方、手術が成功したマルタスは、エミリア・ペレスと名前を変えて新たな人生を歩み出す。

月日が流れ、エミリアは再びリタの前に姿を現す。
リタもまたマルタスの依頼の報酬によって新たな人生のスタートを切っていた。
エミリアの正体に気づいたリタは、彼女の秘密を知っている自分は殺されるのではないかと身構える。
が、エミリアの口から出たのは、再び子供たちと一緒に暮らしたいという依頼の言葉だった。

今までの人生を捨てて、新しく生まれ変わるのは想像以上に過酷なことなのだろう。
エミリアは性別だけでなく、生き方も改める努力をしたようだ。
マルタスは何をしでかすか分からない残忍な男で、恐怖の象徴でもあった。
久しぶりに再会したジェシーも子供たちも、エミリアがマルタスだとは気づかない。
彼女は罪滅ぼしのために、犯罪に巻き込まれ行方不明になった者たちを家族の元に返す手助けをする。
やがて彼女の運動はメキシコ全土を覆う大規模なものになって行く。
彼女はエピファニアという女性に恋をする。
何もかも順風に見えたエミリアの人生だったが。

マルタスの従姉妹を偽るエミリアが、ジェシーに夫婦生活について尋ねるシーンは軽い緊張感が走る。
エミリアは心を入れ替えたように見えるが、心の底ではジェシーを自分の思い通りにコントロールしたいと願っている。
エミリアがマルタスだと知らないジェシーは、実は浮気相手がいて、しかも激しい恋だったことを打ち明けてしまう。
やがてこの事実がエミリアの心を再び狂わせることになる。

メキシコ国内での一年間の行方不明者の多さに改めて驚かされる。
かなりシビアな現実を描いた物語だが、斬新なミュージカルシーンの効果もあり、スタイリッシュな作品に仕上がっていた。
特に会話の流れから自然と歌に繋がっていくナンバーの数々が印象的だった。
この作品の中では人の命がとても軽く扱われている。
それでも魂だけは絶対に売り渡さない。

再び支配欲に駆られ、狂気に走ったエミリアだが、最後は再び優しい心を取り戻したことに少しだけ救いがあった。