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鑑賞日 2025年  登録日 2025/01/22  評点 90点 

鑑賞方法 映画館 
3D/字幕 -/-
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…死にゆく友達よりも、消えない悪夢達こそ友にできないか、と。

…「戦時中は母親の胎内に居たからね…ひょっとしたら防空壕の記憶とかあるかもね」…元大学教授のその男…そんな感じでちょっと嘯いてみたりする。ちなみに今年は戦後80年だそうな。大抵の映画のパターンとしては、あのときはどうだった、またあのときはと、主人公の回顧のオンパレードになりがちなのだが、この映画はそうはならない。四季毎に出来事がバッサリ省略されているように、一貫して現在の老い果てた彼の日常と妄想の一年間弱の描写に終始する。…毎日挽く珈琲…そのミルの音…ギシギシ…生活の音。彼は、遺恨だらけの鬼火に囲まれて暮らしている。伝えられなかった想いを残した人たち。先立った妻。この家に住んでいた父祖達。悪夢が回廊を駆け抜け、夜も昼も彼に纏いつく。…珈琲挽きの音…骨を削るそれに私には聞こえた。ギシギシはきっとドリルのそれだ。彼は彼自身のあたまに穴を開けていたに違いない。そう。映画『敵』は後期高齢者に突入したある男の自己解剖の物語である。女性には隙だらけの心の中。奔放な風が暴れだすと、欲望の窓は揺らぎだし、慎ましく気取った禁欲は制御出来なくなる。こんなときこそばかり、プライドを握りしめてみる。…自死してみるか…それが無理なら…父祖伝来の家を守る、とか。心の中に住む最強の「敵」…その侵略。そうだ。勇敢に守って闘って死ぬことにしよう。でも、思う。本当にキナ臭い匂いを嗅いだら私たちの腰は砕け、足はすくむだけではないだろうか?だから、私は思う。これは戦時体験のない世代の承認欲求が夢見る一種のヒーローショーなのだ、と。でも、その一方で別のことも考える。嘘のない人生の実感とは、毎日うなされる言語化するのを憚るような妄想もどきの悪夢にこそあるのではないか、と。だから、私ならこう考える。…死にゆく友達よりも、消えない悪夢達こそ友にできないか、と。…偏屈な彼等とたまには寄り添って縁側でよもやま話をしたり、ほろ酔いで酒を酌み交わすことはできないか、と。…「春を待つ」とは、そういうことなのではないだろうか。