与えられた役目をまっとうする人生と、愛のために生きる人生。
どちらが尊い生き方なのだろうか。
本来人はその両方のバランスをうまく取りながら生きているのだが、ダーリントンホールの執事を勤めるスティーヴンスは極端なまでに執務に忠実であり続けた。
彼はこの映画の中で一度も本音を漏らさない。
常に建前のみで生きているのだが、それは常に何かに身を委ねる生き方でもある。
彼の主人であるダーリントンは立派な紳士なのだが、次第にナチズムに傾倒するようになる。
後に歴史が証明しているが、明らかにダーリントンは進む方向を間違えていた。
しかし政治的なことには一切口出しをしないスティーヴンスは黙って主人の側に仕えるだけだ。
ダーリントンに命じられたまま、彼は若いユダヤ人の女中二人に解雇を言い渡す。
本国へ戻れば強制収容所送りになるかもしれないのに。
しかし彼は心の中ではしっかりと痛みを感じている。
女中頭のミス・ケントンは何度も「何故自分の気持ちを隠すのですか」と彼に問いかける。
実はこの作品はスティーヴンスとケントンの恋物語でもある。
ただし明確な二人のラブシーンは一切ない。
ケントンはずっとスティーヴンスに想いを寄せていた。
しかし職務に忠実であろうとする彼はずっと彼女の好意に気づかないふりをし続けている。
そもそも彼がケントンを雇ったのも、前の女中頭が駆け落ちしたためであり、彼は絶対に仕事に色恋沙汰を持ち込まないようにと釘を刺している。
細かなシーンのひとつひとつが印象に残る。
ケントンはスティーヴンスの部屋に花を飾ろうとするが、彼は気が散るからと拒否してしまう。
しかしその後、彼は部屋に花を飾ることを受け入れている。
同じく執事として働く父親のウィリアムが病気で亡くなった時も、彼は執事として役目を果たすことを選んだ。
涙も見せない彼に代わってケントンが亡くなったウィリアムの目を閉じてあげる。
一番印象的なのは読書中のスティーヴンスにケントンがどんな本を読んでいるのかと話しかけるシーンだ。
何故か頑なに彼は本のタイトルを見せようとしない。
やがてしつこく尋ねる彼女に根負けした彼は、読んでいた恋愛小説を彼女に見せる。
「英語の勉強のために読んでいるのです」と下手な言い訳をしながら。
この時の二人の間にある空気感が何とも言えない。
強いて言えばこれが唯一の二人のラブシーンなのだろう。
生活よりも愛を選んだ若い女中のリジーがスティーヴンスと対称的で、これがきっかけでケントンの心は揺れ動くことになる。
彼女は同じくダーリントンホールで働くベンから告白されていた。
彼女の心はずっと迷っていたが、スティーヴンスの態度は一向に変わらない。
何故恋愛小説を読んでいるにも関わらず女心が分からないのか。
結局彼女はベンと結婚する道を選ぶ。
本当はスティーヴンスは全部分かっていたはずなのだ。
ダーリントンを正すべきであることも、ケントンの想いに答えるべきだということも。
しかし、彼は執事であるからと自分の心に蓋をする道を選んでしまった。
結果的に戦争が終わって責任を問われたダーリントンは自ら命を絶ち、ケントンはあまり幸せではない結婚生活を送ることになる。
二人が再会するシーンも切ない。
ケントンはダーリントンホールで過ごした時間が人生で一番幸せだったと告白する。
それはもう取り戻すことの出来ない時間だ。
ラストのダーリントンホールに迷い込んだ鳩が、大空へ羽ばたいていく姿が何かの象徴のようにも感じた。