ぼくは予備校生でもある。隙あらばなにものかになってやろう、という者だ。しかしぼくがなにになれると言うのか。 小説『十九歳の地図』より
今年に入って、連続企業爆破事件('74-75)で指名手配されていた容疑者のひとり、桐島聡を名乗る男の身柄が警視庁公安部に確保された。胃がん末期だった容疑者は4日後に死亡した。
事件を起こした極左テロ集団の実行犯9人のうち、7人は地方出身者だった。
小説『十九歳の地図』は1973年に発表された、中上健次、初期の短編小説である。中上は新宮市の高校を卒業後、'65年に東京の予備校に入学した。新聞配達をやったかは分からないが、予備校にはほとんど通っていない。そのうちに学生運動に傾倒し、羽田事件にも参加した。
70年安保闘争の世情にあって、地方から上京して来たひとの中には、主人公吉岡のように不安や孤独、やり場のない怒りを抱える若者は少なからずいただろう。吉岡が閉塞感や現代社会への拒絶を自己処理しようと、悩みもがく観察と分析の反復とは(地図作成など)、つまり中上自身の視点である。また、妄想と鬱積する苛立ちの矛先は、社会や他者に向かうものではなく、すなわち自虐のあらわれだと推察できる。
連続企業爆破について、その当時の中上は、「現実の爆破は想像を超えてある。小説家の想像と現事実には千里のへだたりがある。その千里の距離を書くのが小説である」と、事件の衝撃を物書きとして受けとめる言葉に置き換えている。
ところで中上は、立川市の社会教育会館で観たという柳町光男の『ゴッド・スピード・ユー 〜 』を激賞したが、自分の映画はお気に召さなかったようで、「絶望した。決定的に駄目なのは、音に関してトロいことだ。バッチイ出来だった」と、本作をこき下ろしている。
主人公・吉岡を演じる暴走族上がりの本間優二には、その不器用さが絵になる役者という印象を私はいつも抱いていた。ドラマ『男たちの旅路 スペシャル』でも貫かれた、愚直でとんがった若い警備員の好演もそのひとつ。この人のうちに秘める叛逆とは、いったい何に根拠するのだろうか。早々の引退はとても残念に思う。
沖山秀子は、本当にビルから飛び降りた実生活の苦悩そのままに、怖いほどに真に迫る演技をみせている。なお、「かさぶたのマリアさま」のモデルとなった女性は、中上の同人仲間だった作家の小林美代子である。精神を患っていた彼女は、小説『十九歳の地図』が発表されてから3ヶ月後に睡眠薬を使って自殺した。
わい雑な路地、古い木造アパート、木造家屋にバラック街。市井の営為にありふれた日常があり、貧しくも肩を寄せ合い、格好わるく、不器用に人が生きている。下町の路地は、いわゆる中上健次の路地文学と呼ばれる〈紀州サーガ〉のそれとは違う意味をもつ。風通しの悪さ、死にたくても死ねない、生きるほか道はない。人が人であり、生活が生活であり続ける。そんな青春の群像を、醜く美しい都会の路地に見たのである。
死を前にして名乗り出た爆破事件の容疑者は、いったい何に抗い、あがき、なにものになろうとしたのだろうか。