十九歳の地図

じゅうきゅうさいのちず|A Nineteen Year-Old's Plan|A Nineteen Year-Old's Plan

十九歳の地図

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レビューの数

18

平均評点

73.8(134人)

観たひと

207

観たいひと

27

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 日本
製作年 1979
公開年月日 1979/12/1
上映時間 109分
製作会社 プロダクション群狼
配給
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

監督柳町光男 
脚本柳町光男 
原作中上健次 
製作柳町光男 
中村賢一 
撮影榊原勝己 
美術平賀俊一 
音楽板橋文夫 
録音瀬戸厳 
照明加藤勉 
編集吉田栄子 
助監督浅尾政行 
記録浅附明子 
スチール山田伸顕 

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

出演本間優二 吉岡まさる
蟹江敬三 紺野
沖山秀子 マリア
山谷初男 店主
原知佐子 妻・和子
西塚肇 斎藤
うすみ竜 小沼
鈴木弘一 
白川和子 安田久代
豊川潤 
友部正人 他社の配達員
津山登志子 里子
中島葵 隣りの女・久美子
川島めぐ 美智子
竹田かほり まゆみ
中丸忠雄 取り調べ官
清川虹子 「かおる」のママ
柳家小三治 運転手
楠侑子 西村智子

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

青年が大人になっていく過程の中で、人生や人間というものの孤独や哀しみを知っていく姿を描く。脚本・監督は「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」の柳町光男、撮影は榊原勝己がそれぞれ担当。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

吉岡まさるは十九歳、地方から上京してきて、新聞配達をしながら予備校に通っている。三百軒以上もの玄関に新聞を入れる単調な肉体労働の上に、集金に行けば、どこの家からもうさん臭さがれ、無視される。吉岡は配達区域の地図をつくり、各家々の名を書き込み、犬がいるから×印一つ、花があるから×印二つなどとランクをつけ、それぞれの家に嫌がらせの電話をかけたりしている。吉岡の同室には三十七歳になる独身男、紺野がいる。ホラばかり吹いていて何も出来ないダメ男の紺野に、吉岡は反吐が出るような思いがする。そんな紺野の前に、自殺未遂の末、片足が不自由になった女が現われる。男と寝ては生活の糧にしている娼婦であるその女は、紺野に輪をかけて、醜く、汚なく、そして孤独だ。そんな女を紺野は“マリア”と呼んで慕う。吉岡には、二人は大人の人間の汚なさの象徴に見える。やがて女は身籠り、はじめて幸福な気持になった紺野は、女のために、生まれてくる子供のために、その幸せを完成させようとするが、生来の世渡りの不器用さからうまくいかず、強盗傷害を犯して掴ってしまう。吉岡は女をなじった。女は「死ねないのよ……」と悲痛な言葉を吐き続ける。吉岡のやり場のない怒りは、すべての人間に向っての脅迫電話となった。東京駅や街のガスタンクの爆破予告を続ける。「のうのうと生きてる皆んなを吹っとばしてやる!殺してやる!ほんとだぞ!……」電話を終えたあと、吉岡はただ泣くばかりだ。その涙は、人間とは、人生とは、社会とは、その最深部を見、知ったことの代償なのだ。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1980年1月上旬新年特別号

日本映画批評:十九歳の地図

1979年12月下旬号

日本映画紹介:十九歳の地図

1979年12月上旬号

グラビア:十九歳の地図

1979年8月下旬号

キネ旬試写室:十九歳の地図

1979年8月上旬号

グラビア:十九歳の地図

2024/05/08

83点

VOD/Amazonプライム・ビデオ 


✕だらけの地図

ネタバレ

住み込みで新聞配達をする吉岡まさる19歳。
配達先では犬に吠えられたり、集金をふんだくられたり、憐れみの目を向けられたり。
彼は配達先の情報を細かくノートに記し、精密な地図を作り上げる。
地図にはバツ印が増えていくばかり。
そしてその一軒一軒に嫌がらせの域を越えた脅迫電話をかけていく。
とにかくこの映画で描かれるのは人間の、社会の醜い部分ばかりだ。
人によっては彼らを人生の敗残者と呼ぶのだろう。
ギャンブルに溺れ、口からでまかせばかりの同僚紺野は、吉岡にとって軽蔑すべき大人の象徴だ。
それでも何故か彼はいつも紺野と一緒にいる。
下宿の向かいではいつも夫婦が激しい喧嘩をしている。
もっとも怒鳴り声が聞こえるのは妻の方だけで、決まって最後には夫に暴力を振るわれて泣き寝入りする。
紺野は何とか助けてあげられないかと呟くが、吉岡の言うように結局妻の方も暴力を振るわれることで生きがいを感じているのだから他人にどうこう出来る問題ではない。
人間とはつくづくおかしな生き物だと感じる。
紺野がマリア様と慕う女は自殺未遂により片足が不自由なのだが、まるで自分を傷つけるためだけに生きているようだ。
もっとも人間とは傷つき傷つけるために生きているのかもしれない。
妊娠したマリアと駆け落ちをするために紺野は引ったくりを繰り返し、強盗の現場を押さえられて刑務所に入れられる。
マリアは吉岡に罵られ自殺しようとするが、いつもどうしても死ねないのだと号泣する。
吉岡はそんな醜い人たちをいつも斜に構えて見ている。
が、彼には人を殺す度胸もなければ、人の傷に深く踏み込む度量もない。
精密に作り上げられた地図は、まるで何か大きなテロを起こすための道具にも見えるが、せいぜい彼に出来るのは爆弾を仕掛けたと脅迫の電話をかけるぐらいだ。
実は彼が軽蔑する紺野やマリアの方が、みっともなくはあるものの、本気で人と関わり傷ついている点では立派な生き方なのかもしれない。
そして吉岡は「どんな具合に生きていけばいいのか分かんねえよ」とうめき続ける。
それもまた人生の苦しみなのだ。
吉岡はいつものように新聞を片手に走り続ける。
ゴミ捨て場からまだ綺麗な洋服を見つけ出し、嬉しそうにそれを掲げるマリアの姿が印象に残った。

2024年

2024/02/12

60点

VOD/Amazonプライム・ビデオ/購入/PC 


一人称、中上健次の記録

ぼくは予備校生でもある。隙あらばなにものかになってやろう、という者だ。しかしぼくがなにになれると言うのか。 小説『十九歳の地図』より

 今年に入って、連続企業爆破事件('74-75)で指名手配されていた容疑者のひとり、桐島聡を名乗る男の身柄が警視庁公安部に確保された。胃がん末期だった容疑者は4日後に死亡した。
 事件を起こした極左テロ集団の実行犯9人のうち、7人は地方出身者だった。

 小説『十九歳の地図』は1973年に発表された、中上健次、初期の短編小説である。中上は新宮市の高校を卒業後、'65年に東京の予備校に入学した。新聞配達をやったかは分からないが、予備校にはほとんど通っていない。そのうちに学生運動に傾倒し、羽田事件にも参加した。

 70年安保闘争の世情にあって、地方から上京して来たひとの中には、主人公吉岡のように不安や孤独、やり場のない怒りを抱える若者は少なからずいただろう。吉岡が閉塞感や現代社会への拒絶を自己処理しようと、悩みもがく観察と分析の反復とは(地図作成など)、つまり中上自身の視点である。また、妄想と鬱積する苛立ちの矛先は、社会や他者に向かうものではなく、すなわち自虐のあらわれだと推察できる。

 連続企業爆破について、その当時の中上は、「現実の爆破は想像を超えてある。小説家の想像と現事実には千里のへだたりがある。その千里の距離を書くのが小説である」と、事件の衝撃を物書きとして受けとめる言葉に置き換えている。

 ところで中上は、立川市の社会教育会館で観たという柳町光男の『ゴッド・スピード・ユー 〜 』を激賞したが、自分の映画はお気に召さなかったようで、「絶望した。決定的に駄目なのは、音に関してトロいことだ。バッチイ出来だった」と、本作をこき下ろしている。

 主人公・吉岡を演じる暴走族上がりの本間優二には、その不器用さが絵になる役者という印象を私はいつも抱いていた。ドラマ『男たちの旅路 スペシャル』でも貫かれた、愚直でとんがった若い警備員の好演もそのひとつ。この人のうちに秘める叛逆とは、いったい何に根拠するのだろうか。早々の引退はとても残念に思う。

 沖山秀子は、本当にビルから飛び降りた実生活の苦悩そのままに、怖いほどに真に迫る演技をみせている。なお、「かさぶたのマリアさま」のモデルとなった女性は、中上の同人仲間だった作家の小林美代子である。精神を患っていた彼女は、小説『十九歳の地図』が発表されてから3ヶ月後に睡眠薬を使って自殺した。
 
 わい雑な路地、古い木造アパート、木造家屋にバラック街。市井の営為にありふれた日常があり、貧しくも肩を寄せ合い、格好わるく、不器用に人が生きている。下町の路地は、いわゆる中上健次の路地文学と呼ばれる〈紀州サーガ〉のそれとは違う意味をもつ。風通しの悪さ、死にたくても死ねない、生きるほか道はない。人が人であり、生活が生活であり続ける。そんな青春の群像を、醜く美しい都会の路地に見たのである。
 
 死を前にして名乗り出た爆破事件の容疑者は、いったい何に抗い、あがき、なにものになろうとしたのだろうか。

2024/01/04

2024/01/04

35点

選択しない 


学生運動に憧れて

頭の悪い人ほど、社会派(笑)に進むのはいつの世も同じということ。

2022/11/25

2022/12/30

86点

映画館/茨城県/あまや座 


むごくて、生真面目で、美しい

ネタバレ

気に食わない家にバツをつけ、いやがらせ電話をかける新聞配達の若者の姿を描く。
中上健次の同名小説を原作とする。柳町光男監督作品。

早朝、小走りに新聞配達をする若者。清々しい光景なのだが、この若者の行動がなんだか怪しい。バツひとつ、バツふたつ、なんてつぶやき、吠える飼い犬を足蹴にしたり、鉢植えの花を踏みつけたり。

住込みで新聞配達をしながら(たまに?)予備校に通っているらしい地方出身(自称和歌山)の若者、吉岡は、悪意を己の内に蓄積してゆく。この鬱屈した若者の造形が1979年の本作の斬新さ。
水が溢れたり、流れたりするシーンがある。これは、吉岡の溢れる鬱屈の比喩であり、そんな暗示が、ところどころに挟まれている。

人生の進路の定まらないこの若者にとって、自己肯定感の欠如はいかんともしがたい。無理やり他者を見下すことにより、心の平穏を保つ。
そうして、その行動は暴走してゆくのだが。

同室の紺野という30代の男の暴走が吉岡のそれを上回る。生活力も社会性もない男が、女のために犯罪に走る。そして、その女、死にたいけど死ねないという「かさぶたのマリア」という女の造形が際立つ。
この紺野とマリア、二人の男女の物語は、稚拙な吉岡の反抗に比して、壮絶な絶望感を漂わせ異彩を放つ。

吉岡はひたすら公衆電話の受話器に向って言葉によるうっぷん晴らしに奔走する。
そうして、紺野の不運を知って、マリアに対して彼女の無様さをあげつらう。だが、それは彼女の芯を打ち据えるもので、受話器で叫ぶ空疎な言葉とは別次元で、むごい。

他者との関りの希薄なこの若者は、紺野とマリアとの関係の濃密さの中で、初めて、言葉の重さに気づくことになる。たぶん、ここに、本作の重みと、ある種の感銘がある。

ラストの若者がマリアと行き違うシーンは、なんだか美しいのだけれど、それは、この二人の関係の生真面目さに起因するものだ。

2022年

2022/10/12

45点

VOD 


時代かな

amazonプライムで偶然見つけて、昔の街並みを見ようと思って再生して結局最後まで観てしまった。筋は新聞配達員の19歳の主人公が生き方を模索する中で鬱屈した思いを消化するために配達中に感じた気に入らない家にいたずら電話をしまくる。集金で嫌な目にあったら×。屈折してるのでねぎらわれても×。登場人物みな闇を抱えていて下町北区の当時の光景とともに狂気に向かって突き進む。
主人公の俳優が新人でもう俳優をとっくにやめているそうだが、まさかこんなおとなしそうな子が俳優になる前暴走族の総長だったとは驚いた(宇梶氏の先輩)

2021/07/06

2021/07/06

55点

テレビ/有料放送/チャンネルNECO 


やりきれない貧しさ

結局、何もしなかった、出来なかった、のだ。29歳の時見た19歳の地図。