「ヒョータン」とよばれる男(東野英治郎)は,鱧を知っているようでいて知らない.40年前の中学教師であったこの男は,チャンソバ屋の亭主になっており,娘(杉村春子)とともに,ドラム缶が道端に積んであるような場末に暮らしている.
煙が立ち上る.巨大な煙突が並んでおり,その一角にある会社に男,平山(笠智衆)は陣取っているらしく,朱肉で印鑑をついている.その男の手は時に紙タバコを摘んでいる.男たちはタバコを吸って煙を燻らさせていることがある.かと思えば,奥の部屋や窓の外には湯気らしきものが揺蕩っている時がある.何かが起ころうとしているのか,酒ならなんでもござれのヒョータンは泥酔して揺れている.また,平山も娘が嫁いだその夜には友人ら,河合(中村伸郎),堀江(北竜二)の面々とやはり酌み交わし,揺らいでいる.こうした揺らぎは,涙の前兆としてあるように見える.例えば,水蒸気が水滴の前兆として揺れながら大気中に拡散していくように.
海兵は揺れる戦艦の上で敬礼を交わしていたらしい.「エース」というバーでは,「軍艦マーチ」のリズムに乗りながら,艦長こと平山がご機嫌な顔で顔の前に右手を掲げ,敬礼のポーズをしている.そのポーズを誘発したのは,海兵時代に平山と同じ艦に載っていた坂本芳太郎(加東大介)である.バーのマダム(岸田今日子)までもがこのポーズで揺らめいている.坂本は「本当のニューヨーク」について語っている.
サッポロビールのラベルがテーブルやカウンターの上などところどころに見えていて,時にそのビンは傾けられる.ヒョータンは帽子を見失い,平山も帽子を椅子の上に置き,失いかけているかに見える.平山は妻を失っているが,その影は表立って見えることはない.平山の自宅にも遺影らしきものもないが,今には仏像の写真が鴨居に掲げられており,いつもその写真は居間を照らす照明のランプシェードに隠されようとしている.堀江は性の対象を失い,若い妻(環三千世)を後妻に迎えている.男たちは,精力剤と思われる薬を話題にして,堀江をからかい,その風評被害は,「若松」という彼らが行きつけの料亭の女将(高橋とよ)にまで及んでいる.また,彼らは,囲碁や野球のゲームかのように,嘘をついて周囲を煙に巻く.堀江の通夜だと女将を騙し,平山の婿となるべき男は既に別の女性にあてがわれたなどと平山を騙す.そのとき当の人物は現れては消え,消えているかと思えば現れてくるように見える.また平山の息子(佐田啓二)が振るうゴルフクラブは,彼の性を象徴しているかにみえ,ビール瓶や煙突はこの界隈が揺らぎを噴き出すその立つものとして現れているかに見える.一方の平山の娘(岩下志麻)は平山家の二階で嫁入りの支度を整えている.彼女が父に感謝を伝えようとするとき,平山は思わず座り込んでしまう.彼の性がいっそう奪われていくかに見える.ただ,こうした家族とその従者たちが去ったその部屋の窓の向こうには,便所の臭突が換気しながら回っている.彼女の婿は画面に現れることはないが,彼がこの臭突に象徴されているかのようにも映っている.
堀江と河合は囲碁が囲碁を打っている最中,堀江は順番を忘れ,河合は「お前の番」だという.結婚と葬式が取り違えられるように礼服は着られているが,結婚も葬式も催す側として,あるいは催される側として順番にやってくるかに見える.臭突の回転は,世界の回転と交代にも見える.団地生活においてトマトは近所から借りられる.5万円は息子によって父から借りられる.平山は嫁いでいく会社の部下へ札を渡そうと準備をしている.落ちぶれてしまったかつての恩師ヒョータンに教え子たちは金を工面しようと試み,ヒョータンは教え子たちの元へとお礼を述べに回っている.そうしたなか,照明は消え,スクリーンからは人々が少しずつ退場していく.遂には平山の末の息子(三上真一郎)が平山家に父と二人で残されるが,彼も遂には布団に寝転んで退場していく.
ヒョータンの娘(杉村春子)はチャンソバ屋で横を向き泣いている.彼女は性を失いつつあり,その時季を逸したことを嘆くとともに,こうした世界の転変に対しどうすることもできずに佇んでいるのであろう.