難解なことでは人後に落ちないリンチ監督だが、この素朴なロードムービーを観ると、プロとして作品
の振り幅の広さは計算済みということになる。今回の脚本にはリンチ監督の名はクレジットされていない。
アルヴィン・ストレイトという実在の人物からの脚本で、どこか琴線に触れたのだろうか、素直に映像化
している。ロードムービーの可能性を教科書通りに再現したかのようだ。
アメリカは映画の産みの親を自称していて、数々の名作を世に送り出してきた。その中でも映画の
特性を活かしたロードムービーは、最も魅力的な映画文法だ。歴史と動線が渾然一体となったアメリカ
には、ロードムービーが一番似合い、自身を映す鏡ともなってきた。アメリカ人の監督がロードムービー
をこころざせば、芭蕉のごとく詩情が湧き上がるのだろう。
今回リンチ監督はトラクターの時速8キロのスピードに合わせたゆっくりしたリズム。メタファーは封印、
73歳のアルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)に寄り添い、彼の視点で老いの厄介さを
丁寧に描写する。
老い先が短くなれば、成さなければならないことも重みを持ってくる。アルヴィンにとっては兄ライルとの
和解だった。アイオワ州からウィスコンシン州まで、クルマを使えば一日の距離。しかし彼のポンコツの
トラクターは8キロ、気の遠くなるロードムービー。退屈さも感じたのだが、ふと気がつくとアルヴィンの
気持ちに感情移入してしまう。これが演出のマジックだろう。
劇中、「歳をとって一番困るのは、若い頃を覚えていること」というセリフは名言。若い頃の汚点は、
トラウマとなって人生に意外なほど負荷をかける。アルヴィンは途中で出会った人たちと会話するが、
同年配の人には戦時中の消しがたい記憶を吐露する。あるいは娘の心の闇を代弁したり、人の生涯の
重みを感じさせるものばかり。
何気ないアルヴィンの旅なのだが、引き出しを開けたら宝物だらけ、感動せずにはいられない。